index_logo
index_visit
Key For The Bible
Now On Sale
australia israel usa canada uk&europe south africa puerto rico australia
israel usa canada uk&europe south africa brazil puerto rico australia ukraine
イスラエルの風
PAGE
2
 


 私たちは気がつかないうちに、この疲労の中に落ち込んでいることがあります。こうした戦いをとおして受ける疲れは、じわじわと私たちの肉体と精神を脅かし、落ち込ませます。エルサレムという土地柄、特にそれが顕著です。これに対抗するために、私たちクリスチャンがもつ最大の武器は、祈りと愛であることに気づくようになりました。イスラエルに住む人々の心は、迫害とテロ攻撃をとおして、とてもかたくなになっています。また、歴史的に長年痛め続けられてきたことで、彼らの心を覆い尽くしてしまった苦々しさのベールを取り除くには、どうしても愛が必要です。彼らの目もまた、真実と、まことの自由を見いだすことができずに覆われています。彼らがはっきりと見えるようになるためには祈りが必要です。そして、聖霊だけが、それを可能にしてくださいます。

ただ、神の大能によってのみ
 私がこれまで、さまざまな試練の中を通らされてきたことの背景には、自分の限界を知り、もっとへりくだるという神の目的があったのだと思います。私は、自分が強いクリスチャンであるという思いをもってこの国にやって来ました。しかし今、神の恵みによってのみ、これらの試練を乗り越えることができたのだとはっきり自覚しています。私自身の力によるものは、何一つありません。

 この、イスラエルという国そのものによっても、神に対する私の畏敬の念は深められました。ここは、主ご自身が数々の偉大なる御業を成されてきた国です。祖国アメリカでは、教会をとおして愛についてはたくさんの教えを受けてきましたが、神の大能と、御力についてはほとんど知りませんでした。ユダヤの人々は、「神を恐れる」ということがいなかることかをよく理解しています。神のみことばが地に落ちることは一度としてありません。ユダヤ教では、一年をとおしてモーセ五書を講読します。「シムハット・トーラー」(律法の歓喜祭)という祭りでそれが終了したことを記念し、ユダヤ人たちはトーラーの巻物を携えて町を練り歩きます。また、「神」の名を表す最も清い表現については、それを決して口に出すことはなく、また書き記すこともほとんどしません。イスラエルに来てから、私にとっての主イエスの認識は、級友のような存在から「神」へと変わっていきました。

 主のすばらしさを伝えるために、石までが叫び出す、とあります。この国を歩む中で、「あなたは知らないのか。聞いていないのか。主は永遠の神、地の果てまで創造された方。疲れることなく、たゆむことなく、その英知は測り知れない。」(イザヤ40:28)のみことばが、石たちからこだまして聞こえるのを感じることができます。このみことばが書かれている章の中に、「慰めよ。慰めよ。わたしの民を。」(一節)という一節があります。人々の心が真に重くなり、希望が消えうせてしまうような状態の中で、この国に住んで彼らに慰めを与えるために、今はとても大切な時期です。この時をとおして、主イエスは私の心に、イスラエルに対する思いの種を植えられました。そして、主の愛を人々に伝え、この国の人々が、特別な方法をとおして神を体験するために、私を用いてくださっています。私自身は、壊れた器にすぎませんが、そのような私をとおして、神は偉大な御業を成してくださっています。この事実が、皆さまの励ましとなるように願います。

 

 
 
 
B.F.P.Japan MAP