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イスラエルの風
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B.F.P.国際総本部・会計部スタッフ サラ・ブルックス 2002年9月

救いに至るまで
 私が生涯イエスさまにお仕えしていく決心をしてからというもの、心の中にユダヤ人とイスラエルに対する深い愛が与えられました。成長の過程において、私はホロコーストに関する歴史の本、そして『アンネの日記』を読んだことを覚えています。子ども心に、どうしてユダヤ人に対しこのような不義が行われたのか、また、どうして人間が同じ人間に対して、こうも「非人間的」になれるのか理解できませんでした。しかし、はっきりとわかっていたことは、「ユダヤ人に対して与えられた愛とあわれみの種が、いつか私をイスラエルに導くだろう」ということでした。

 私は、29歳でイエスさまを救い主として受け入れました。当時、私はちょうど離婚したばかりで、大変な孤独感にさいなまれ、心が空っぽの状態でした。幼少期から教会へ行き、イエスさまを信じてはいましたが、祈る必要があったときといえば、何か欲しいとき――仕事、お金、いやし……、そういった者でした。離婚をとおして、初めて深い痛みと当惑、孤独と絶望に陥り、そこを通過することで、自分自身を主の権威とご支配の中に委ねることができたのです。しかし主は、もう何年も前から私を導こうと、熱心に働いておられたのだと思います。

母の切なる祈り
 19歳のとき、母が突然亡くなりました。この母こそ、「クリスチャンであることの意味」を知るうえで、私の人生に最も大きな影響を与えた人物でした。母との思い出は、私にとっていとしいものばかりです。その中でも、心を尽くしてイエスさまに従うことを教えてくれたことは、何にも勝るものでした。幼くしてクリスチャンになった母を、多くの人が、「今まで出会った人々の中で、最も親切な、すばらしい人格者であった」と言ってくれました。亡くなる2週間前、自分の死期を悟り、「イエスさまのところに行く備えができた」と言う母に、私は必死で「お母さんは死なないよ!」とその言葉を否定しました。しかし、52歳という若い年齢でこの世を去り、創り主のもとに行く時期がきたことを、母はよくわかっていました。

 私が今イエスさまにお仕えできるのは、この母の誠実な祈りと、自身をとおして示してくれたその生きざまによります。神さまに仕える者になれるよう、母はいつも私のために祈っていましたが、祈りの結果を見届けられないまま世を去りました。今、私がフルタイムで奉仕している姿を見て、母は天国でどれほど喜んでいることでしょう。

 私がこの証を人々に語ると、お子さんのために祈っておられる多くのご両親が「ありがとう」と言ってくださいます。もし皆さまの中で、お子さんのために祈っておられる方がいらっしゃるなら、どうか、あきらめないで祈り続けてください。神さまのご計画は、私たちが思い描くよりも大きなものです。祈りは、それを実現する上で、有効な主の武器なのです。

 
 
 
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