息子を救おうと必死の母親
一方で次のようなケースがありました。『イスラエル・トゥデイ』という雑誌の5月号に、難病をもった息子を抱えるパレスチナ人の母親の話が掲載されていました。息子の病気を治そうとしても、パレスチナの医療システムではそれが不可能でした。それではと、母親は近隣のアラブ諸国の医師に息子の病気を治療してもらいたい旨を要請しましたが、法外な治療費を要求されました。八方ふさがりの彼女に残っていた唯一の手段は、優れた医療技術をもつイスラエルに行って治療を受けさせることでした。しかし、彼女にとって、イスラエル人は果たして信用できるかどうかわからない恐ろしい人々だったのです。
息子の命を救うために、背に腹は変えられないと、意を決してイスラエル側へ越境した彼女と息子を待っていたのは、すでに連絡を受けて待っていた、イスラエルの医療チームでした。二人はすぐにイスラエルの病院へと移送され、無事に、しかも無料で手術を受け、治療のために入院することができました。
現在、この母親がどれだけイスラエル人の人格を見直し、そして感謝の念を抱いているか、容易に想像できると思います。
母親が、自分の子どもたちに名誉の死を願うこと、そしてパレスチナの幼い子どもたちが、イスラムで約束された「天国での栄光」を手にするべくイスラエルの人々を殺害するために突進していくこと――このいずれもが、神さまの本来の願いからは完全にかけ離れています。後者の母親のケースのように、神さまの願いは、子どもたちが生き長らえて健やかに成長することです。
どうぞ、パレスチナの母親たちが、殉教の死を美徳とする洗脳から解放されて、真の唯一の神さまと出会うことができ、その喜びを子どもたちに教えることができる時代が一日も早く訪れますよう、覚えてお祈りください。彼らへの祈りは、本当に重要であり、必要不可欠です。 |