こうした兵士たちを応援する人々の中に、シャウリという男性がいます。彼は職業軍人でしたが、退役後、他の産業団体や慈善団体から寄付を募って、生活物資の不足しがちな軍隊を支援することを決意しました。BFPは、シャウリの働きに協力しています。ロシュ・ハシャナーには、ゴラン高原に駐留中の戦車部隊に、320個のお菓子バスケットを贈りました。時折、靴下1足を添えて贈ることもあります。
また、ショシャナという正統派ユダヤ人の小柄な女性がいます。彼女は、苦しんでいる人を放っておくことができず、シャウリと同じく、貧困にあえいでいる兵士を見かけては助けの手を差し伸べています。中には、移民者出身で、両親がすでに死亡していたり、国内に両親が住んでいない境遇の兵士たちがいます。彼らにプレゼントを持って来てくれるような親はいないので、彼らを支援するショシャナは、まさに親代わりです。
こうした孤児の兵士たち専用のお菓子バスケットというものがあります。軍の生活物資を支給する余力がイスラエル政府にはないため、イスラエルの兵士たちは両親たちから寄せられる支援に大きく依存しています。そんな中、孤児たちには自分の力で生きていくよりほかに道がありません。祭日のたびに贈られるお菓子バスケットは、そんな彼らにとってまことの祝福なのです。
喜びの油を注いで……
お菓子バスケットが、人々の心を温める贈り物として最大限に用いられた機会の一つに、昨年6月にエルサレムで起こったウェディング・ホール崩壊事件があります。結婚披露宴の最中に建物の天井と床が崩れ、23人が死亡、約300人が負傷したのです。この建物は、BFP支援センターの目と鼻の先にありました。事故の後、エルサレムの副市長より、病院に収容された負傷者たちに贈り物を届けてほしいとの電話がありました。私たちは副市長に伴われて負傷者たち一人ひとりを訪ね、バスケットを手渡しながら、クリスチャンが彼らを愛し、彼らのために祈っているというメッセージを伝えることができました。
このように、お菓子バスケットはどんな用途にも対応する贈り物として大いに用いられています。昔は月に25〜30個の配給が常でした。それが今では、数百という単位で出ていきます。ヒネニ・センターからはペサハに合わせて三百個の要請が届いています。これは、打ち続く争いによってイスラエルの経済が大打撃を受けていることの反映です。捧げてくださる方々の協力があればこそ、人々の必要に応じることが可能です。特に、情勢が悪化の一途をたどる現在、バスケットの要請件数はこれからも増え続けることでしょう。

←きれいにラップされたお菓子バスケット
主はわたしに油をそそぎ、貧しい者に良い知らせを伝え、心の傷ついた者をいやすために、わたしを遣わされた。……シオンの悲しむ者たちに、灰の代わりに頭の飾りを、悲しみの代わりに喜びの油を、憂いの心の代わりに賛美の外套を着けさせるためである。(イザヤ61:113)
これからも支援者の皆さまが、死と嘆きに満ちたこの国に生きる、震えおののく人々の魂に励ましを与え続けることができますよう、皆で祈り続けてまいります。
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