「平和……」それはイスラエルの人々にとって、のどから手が出るほど欲しいものです。どんなに大きな犠牲を払っても、平和を手に入れることができるなら惜しくないと考えています。現に、バラク首相の時代には、「エルサレムの旧市街(嘆きの壁の部分以外の3分の2)、ヨルダン西岸、そしてヨルダン渓谷を手渡し、お望みの97%を引き渡して、パレスチナ国家を承認します」と、手を差し出したのです。しかしアラファト議長はテーブルを叩いて、「それでも駄目だ!」と言って交渉の席から出て行ってしまいました。パレスチナが本当に契約を守ってくれるなら、イスラエルは喜んで平和契約に調印する準備ができています。しかし、現実はそんなに甘いものではありません。
それでもイスラエルは平和を渇望し、「一週間テロをやめてくれたら、平和条約のテーブルに戻る」と繰り返し言っています。もしかしたら来週……、それが駄目ならまたその次の週……と、期待しながら平和の望みを捨てていません。いかにテロが繰り返し起こっても、何千年も待っていた平和が見えてきた今、何とかして平和交渉を実らせたいという思いは、いまだに全国民の80パーセントの人々の心に存在しています。
途切れることのない悲しい出来事の連続で、「イスラエルの平和は、メシアであるイェシュアご自身によってしかもたらすことができないこと」を、ますます身にしみて感じる、今日この頃です。
マラナタ! マラナタ! 主よ、来たりませ!!
エルサレムよりシャローム
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