index_logo
index_visit
Key For The Bible
Now On Sale
australia israel usa canada uk&europe south africa puerto rico australia
israel usa canada uk&europe south africa brazil puerto rico australia ukraine
イスラエルの風
PAGE
1
 


B.F.P. Japan 総責任者 スティーブンス・栄子 2002年1月

 2001年12月1日、エルサレムの銀座通りとも言うべきベン・イェフダ通りで、自爆テロがあり、10名が殺されました。その翌日にはイスラエルの表玄関ハイファで、二台のバスが爆破され、その騒ぎで集まって来た人々を巻き込んで、再び爆発がありました。

 テロ活動とは、わざと市民に被害を与えるために行われるものです。イスラエルの人々は「私たちには9月の11日が毎週起こっています!」と悔しげに、また悲しげに語っています。

 テロの被害は人々にいえようもない爪跡を残します。フードバンクスタッフの大坪は、その状況を次のように書いています。「涙、涙……で、胸を叩かずにいられませんでした。血まみれのテーブルと椅子がひっくり返り、両腕を吹き飛ばされて横たわっている人、内臓が全部飛び出している人……現場に居合わせた人々は、十歳の少年が目の前で息を引き取るのをどうすることもできないままに看取りました。どれが誰のものともわからない腕や脚が散乱し、髪の毛の焦げる臭いが漂っていました。

 テロ12時間後に現場を訪れると、カフェは大破し、向かいの土産物屋のガラスは跡形も無くなっていましたが、道路や壁の血はすっかり洗い落とされ、何事も無かったかのようにきれいになっていました。死体が散乱した場所とは思えないほどでしたが、その静けさは異様でした。それがすべてを物語っていました。通りの真中にロウソクが12個ともされ、花束がいくつか置かれ、ある青年が地面に崩れるように座り込んで祈りの本に顔をうずめ、涙を流しながら静かに祈っていました。ここで友人か家族の誰かを亡くしたのは明らかでした。彼が時おり、その大切だった誰かの身体に触れるかのように地面を撫でているのがたまらなくて、私の目にも涙が溢れてなりませんでした。」

 これこそが、今のイスラエルの現状です。1年弱で1万件のテロを乗り越えなければならない苦しみは、もはや言葉にはなりません。

 アラファト議長はノーベル平和賞を受けた平和のシンボルのように言われています。世界の人々は「イスラエルに平和がないのは、イスラエルが平和条約に同意しないからだ」と思っています。アラファト議長は亡きヨルダンのフセイン王と22回にわたって平和条約を締結しました。しかし、ただの一度もその条約を守ったことがないのです。ついに怒ったフセイン王は、2万5千人のパレスチナ人を殺す大きな戦いを実行しました。

 そんなアラファト議長の性格とやり方を、イスラエルは良く知っています。パレスチナ国家が設立されることは、ジハード(イスラムの聖戦)の用意が急速に行われることであり、想像を絶する武器が運び込まれ、テロ活動がますます増え、そして今以上にイスラエル市民が危険にさらされることなのです。

 
 
 
B.F.P.Japan MAP