そして、「武装部隊に抗議の声を上げたキリスト教徒が頭を撃たれて死亡。娘は軍部者にレイプされ、力ずくで家を追い出され、アンマンに追放」……などの、アラブ人クリスチャンに関するむごたらしい事件が続きました。こうして、住民は恐怖政治に支配され、反対することも非難の声を上げることもできないまま、イスラエル市民攻撃の拠点として利用されてきました。そして今回、イスラエル市民を守るためにイスラエル国防軍が侵攻するという結果に至っているのです。アラブ人クリスチャンの苦しみは、具体的にメディアに載らないために、私たちの目に触れることはありません。かつてイスラエル支配の元で安全に暮らしていた彼らですが、今やイスラエルに助けを求めることはもちろんできません。彼らのその痛みや孤独感は、私たちの想像をはるかに越えています。
両側を知る
私たちは祈りのフォーカスをはっきりとするためにも、両者の状況を知ることが大切ではないでしょうか。昨年の9月から始まったインティファーダも、「現イスラエル首相のシャロン氏が神殿の丘を訪れ、イスラムの聖地を汚したことによって始まった」と言われていますが、実際にはあの場所に立ち入り規制はありませんでした。いつでも誰でも訪れて良い場所だったのです。当然のことながら、シャロン氏自身もあれが最初の訪問ではなかったはずです。普段制限がない所に、突如として規制が引かれたのです。前々からこの戦いは予定されていました。そのためにあの訪問が「火種」として用いられたことは間違いありません。
しかし、その事実はどこからも報道されないまま、「イスラエルが彼らの聖地を汚した」という印象だけを残して封印されてしまいました。そして、「聖なる場所を汚したのだから、パレスチナ人が怒るのも無理ないよなー」と、彼らの攻撃の正当性が認められています。今回のベツレヘムへの侵攻にも、実は同じ図式が隠されています。しかし、その事実は報道されることはありません。
イスラエルに住んでいるからこそ、私の目を通して見えるこの地の出来事を、レポートしていきたいと思います。それはどちらが正しいという審判を下すものではありません。あくまでも事実をそのままお伝えしたいと思うのです。
もちろん私はイスラエルに対する愛を神さまからいただいていますが、同様にパレスチナ人という「失われた魂」に対する神さまの愛も痛いほど心に感じています。神さまがどちらも愛しておられるのは疑いの余地がありません。両者の平和こそが、私の願いとするところです。人々が苦しむ姿を見るのはもうたくさんです。悲しい涙を流すことも、もうたくさんです。そして、一番の被害者であるイスラエル市民、そしてパレスチナ市民が、これ以上血を流す姿を見るのは耐えられない思いです。これは本当に深い霊の戦いであり、忍耐を必要とするとりなしとなります。どうか皆さまの熱きお祈りをお願いいたします。
どうか、主があなたがたの心を導いて、神の愛とキリストの忍耐とを持たせてくださいますように。(第2テサロニケ3:5)
エルサレムからシャローム
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