しかし、前線の兵士たちの危険や、自分のアパートの正面や屋上に銃弾や砲弾が着弾するようなギロの住民たちの心労は、「み翼の陰」を知らなければなおのこと、深刻なものです。彼らと同じ状況を通ることによって、彼らの心を少しでも知ることができるのは、私にとってむしろ特権です。
ベツレヘムに広がる悲しみ
今回、ベツレヘムはかなりのダメージを受けました。もちろん『聖誕教会』は無事ですが、かつて観光客が歩いた道路を、戦車が行き来するのをテレビで見るのは悲しいものがありました。また、地元のギリシャ正教やカトリックなどの修道士や、教会関係者や住民たちが、聖地を舞台にした戦いに抗議してデモ行進をしていました。そして、そのデモの映像が西側のキリスト教諸国を始めとする世界に向かって流れ、イスラエルはすっかり悪役になってしまいました。イスラムであるパレスチナ自治政府が、「キリスト教の聖地を保護する代弁者」という役割を担って登場することになったのです。
そもそもいったい誰がこの戦いの首謀者なのでしょうか。イスラエルの一般市民の住宅街銃撃を、過去一年間飽くことなく繰り返し、イスラエル国防軍を「自治区侵攻」という事態にまで至らせているのは誰なのでしょう……。彼ら地元のキリスト教徒たち(ほとんどがパレスチナ人)も、日頃パレスチナ武装組織やパレスチナ政府と隣り合わせで生活をしていますから、何が本来いけないのか分かっているのです。
しかし、何しろ、パレスチナ政府に抗議めいた発言をすれば、「イスラエル内通者」として、いずれ逮捕され、処刑されます。そして、死体となって家族に発見されるという運命が待ち構えているのです。そのため、彼らは苦しみの中でイスラエルを非難するしかないのです。
イスラエルが銃撃を止めさせるために侵攻し、占拠しなければならなかった建物を見れば、パレスチナ警察や『タンジーム』(PLOの軍事部門)が、どこを拠点にして銃撃をしてきていたのかが分かります。教会や病院、孤児院の近くや民家、ホテルなどが拠点にされているのには理由があります。イスラエルがそこを叩くことによって、「イスラエルは見境なく教会まで攻撃する野蛮な国家だ。戦車でパレスチナの民間人の生活を踏みにじる非人道的国家だ」と、世界中に演出するためです。
患難時代の中にあるクリスチャンたち
ベツレヘムやベイトジャラに住むほぼ8万人の人々は、ほとんどがアラブ人クリスチャンですが、イスラエル国防軍のせいではなく、パレスチナ自治政府のために多大な犠牲を払っているのが事実です。同じパレスチナ人、同胞とはいえ、彼らとは信仰が違うのです。これは決定的なことです。自治開始後、聖誕教会の横にあったクリスチャン民家が政府によって突然没収され、一家は追放、家はパレスチナ警察の派出所に衣替えしました。イスラム政権のクリスチャンに対する横行は、今なお続いています。インティファーダ(イスラエルに対するパレスチナの蜂起運動)開始後は、町全体が政府と非政府両者からなる武装部隊に占拠されてしまいました。
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