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ガリラヤ湖の岸辺に立ったとき「マタイ」8章に記されている悪霊づきの男たちがいた向こう岸(ガダラ人の地)を、特別な想いで見つめました。なぜなら、ガダラ人の地こそ、私が属する教会の2004年度の目標にちなんだ場所だからです。
私が所属する教会は、2003年から牧師を迎え、6年間の無牧時代に終止符を打ちました。新しいスタートを切ったわけです。その年の教会目標は、「一つ心になりなさい」でした。新スタートに相応しいものであったと思います。
そして、2年目、つまり2004年度の教会目標は、「イエスの歩みに従う」でした。これは「マタイ」8章23節からとられたものです。その箇所には、イエスに従い舟に乗り込む弟子たちの様子が描かれています。舟の目的地は、ユダヤ人の弟子たちが想像もしなかったであろう異邦人の地(ガダラ人の地)でした。
私たちも、イエスに従い「舟」に乗り、私たちの「向こう岸」を目指そうという想いを込めて、その目標を作ったわけです。
2005年の最初の日、向こう岸に「ガダラ人の地」を見ながら、新しい年の「向こう岸」について考えさせられました。そして、帰国後「マタイ」14章を読みました。そこにもガリラヤ湖を舟で渡ろうとする弟子たちが登場します。
しかし、8章とは違い、弟子たちが出発したとき、舟の中にイエスはおられませんでした。弟子たちだけで舟に乗り、出発したのです。イエスが舟に乗り込まれたのは、舟が湖の真ん中で、風や波に翻弄されていたときです。
湖の水上を歩いて近づいてきたイエスが舟に乗り込まれると舟は動き出し、ゲネサレの地に到着しました。ガリラヤ湖を思い出しながらこれらの箇所を読んでいたとき、私の想いの中には、別の「向こう岸」が見えてきました。そして、イエスは、今度は、私たちだけで舟に乗り込むように導いておられると感じました。
弟子として、さらに一段高い訓練を受けるため、そして「新しい向こう岸」に着くためです。
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