エルサレム、エルサレム、異郷の地にありながら、なぜか懐かしい響きが込み上げ、初恋にも似たほろ苦さが満ちてくる。
娘が10才の時、初めて二人でイスラエルを訪れ、十数年経ち、息子と二人、スティーブンス・栄子師のガイドで石田吉男先生のツアーで。主人と二人、思いがけず、榊原茂師のガイドで。そして、昨年10月、ブリッジス・フォー・ピースで、栄子師のガイドで、友人と参加させていただいた。
その時、神に一つの願いをもって……。
イスラエルへ着いた翌日、カルメル山で、主はその願いにすぐ答えてくださった。バビロン捕囚の民が、異郷の地で、どんなにかエルサレムを恋い慕い、涙を流されたことでしょう。
バビロンの川のほとり
そこで、私たちはすわり、
シオンを思い出して泣いた。
詩篇137篇
そのエルサレムへ、いとも簡単に今、私たちは訪れることができるという幸せ。そして、幾度訪れてもなぜか、ふるさとへ帰ってきたような安らぎを与えてくれる、不思議な国、イスラエル。
主が歩かれたところだから、
主が涙を涙を流されたところだから、
主が十字架に架けられたところだから。
オリーブ山から、黄金色に輝くエルサレムの全景を見てごらん。懐かしさと喜び、そして、希望が湧いてきます。
スティーブンス・栄子師の魂に呼びかける声、その声を聞くだけで、恵みに溢れ、バスの中が賛美で溢れ、ノアの洪水前、地球が天の水でおおわれ、守られていたように、胎児が母の羊水の中で、十月十日守られているように、どんなに危険な所かと思っていたのが嘘のように、御翼の陰でおおわれている実感が、イスラエルでは味わうことができます。
イスラエルと私たち。神が導いてくださった。先達が地図にないイスラエルのために、迫害の中にあって祈り続け、突如、神の計画の基にあって、イスラエルの国が建国された。この東の国、日本から、イスラエルを祝福することができる恵みに心から感謝しよう。
私達の涙の祈りが、イスラエルのちに落とされ、東の開かずの門が開けられ、イエスさまがご入場なさるその日のために、差しのべよう、愛の手を。
さあ、また、エルサレムへ主に会いに行こう。 |