PAGE
1
2
3
4
新約聖書の執筆に誰よりも用いられたパウロ
パウロが引用している「律法」の内容とその意味を、旧約聖書の文脈から理解しないなら、パウロの書簡を本当の意味で理解することは困難です。
紀元70年に神殿が破壊されるまで、ユダヤ人はその教えと注解を言い伝えの形で残してきました。一人の教師が一人の人を弟子として、暗唱と対話を繰り返すことで、順にその教えが言い伝えられてきました。しかし神殿の崩壊後、それら何世紀にもわたって言い伝えられてきた教えや対話や議論の内容は、書き留められて今日「タルムード」と呼ばれる文書になりました。
タルムード(口伝律法)が実際に書き留められたのは、ほぼ紀元100年から500年の間でした。タルムードには、イエスの時代に広く知られていた聖書に関する多くの教えや議論の内容が含まれていました。例えば紀元一世紀、ヒレルとシャンマイという有名なラビがいました。タルムードには、ヒレル学派に属する者たちと、シャンマイ学派に属する者たちとの間で戦わせた議論の内容が残されています。その議論はとても有名で、イエスの時代には議論の土台ともなっていました。一般的に言えば、ヒレルのほうが自由で、シャンマイのほうが保守的な立場に立っていました。
タルムードの中のページ
イエスは、ある場合にはその一方に賛成し、また別の場合には他方に賛成されました。例えば、マタイの福音書22章36節において、イエスは一人の律法の専門家から、「先生。律法の中で、たいせつな戒めはどれですか。」と尋ねられました。そのときイエスが答えた内容は、ヒレルによってタルムードの中に書き残されている解釈と、ほとんど同じものでした。
新約聖書には、このラビ的教えや議論が多く引用されています。例えば、第一コリント10章4節でパウロは、「みな同じ御霊の飲み物を飲みました。というのは、彼らについて来た御霊の岩から飲んだからです。」と言っています。
皆様は、これがどんな「岩」について述べているか、疑問に思われたことがありますか。タルムードには、「モーセがホレブで岩を打って水を出したときから、ミリアムが死んだときまで、水を注ぎ出す岩が荒野を渡っていたイスラエルの民に同行し、毎日彼らに水を供給した」(タアニス9a、メティズィア86b)と記されています。使徒パウロが、タルムードの中に記されている、この物語を引用しているのは明らかです。
もし、私たちがタルムードに関して無知であり続けるなら、新約聖書において語られている多くの概念や、引用されている事柄に関しても、理解が弱くなります。
みことばの最も深い意義を探り求めたユダヤ人教師たちの見識を学ぶことにより、皆様も祝福を受けることでしょう。これらの文献を学び始めると、ある場合は賛成でき、ある場合には絶対に賛成できないと思われることにぶつかるでしょう。しかし、神が与えた指針を正しく解釈するために、良い点も悪い点も含めてこれらを学んでおくことは、非常に有益です。