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 地獄に定められていない者たちも、「火によって、塩けをつけられる」というのです。ユダヤ人は「塩けをつける」ことをどう理解していたのでしょうか。彼らにとって塩は供え物(いけにえ)を意味していました。もし供え物に塩けが付けられていなければ、神に受け入れられなかったからです。

 私たちが神に受け入れられる「生きた」供え物(ローマ12・1)とされるためには、私たちを精錬されるお方の火を受けなければなりません。

死海近くにある、塩でできた丘の内部

 私は著述家J・H・クルツの考え方に同意します。彼は供え物に塩が加えられると、その供え物は、「イスラエルの契約の神から出てくる御力によって刻印される」と説明しています。

 神が私たちに火をもってでも塩気を与えてくださり、私たちに証印を押してくださるのです。

 神はイスラエルに対して与えられた「塩の契約」に、私たちも結び付けてくださるのです。

 また、注解者のウイリアム・バークレイは次のように語っています。「古代の人々は、塩ほど清らかなものは他にないと宣言しました。なぜなら、塩は二つの最も清らかなもの、つまり太陽と海から来るものだったからです。塩の輝くような白さは清らかさの象徴です」。

 このことは精錬の過程と合致します。私たちが火の中を通ると、清められて出てきます。パウロは清められることがイエスの教会に対する目標であると語っています(エペソ5・26-27)。

 これが私たちの学びの結論です。安息日の食卓においてだけではなく、塩を使うときにはいつも、この真理を思い起こすことでしょう。

 私たちが塩入れを取り上げるたびに、神の私たちに対する永遠の契約と、その契約を守り続けておられる真実さとを思い出すのは、何と素晴らしいことではないでしょうか。
 
 
 
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