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聖書が塩を重要視するゆえに、ギリシャ人たちは、塩は天来のものであると考えました。プラトンは塩が、「神々にとって重要な意味合いをもっている」と言いました。中世の時代には、塩をこぼしたら縁起が悪いという迷信まで生まれました。
15世紀の有名なイタリア人画家レオナルド・ダ・ヴィンチが描いた『最後の晩餐』の中で、イスカリオテのユダのそばに塩入れの瓶がころがっている様子が描かれているのは興味深いことです。当時のそのような迷信から聖書を解釈していたのでしょうか、それともイエスの時代には、そのような迷信がはびこっていたと言いたかったのでしょうか。ダ・ヴィンチは恐らく、友情という契約が破られてしまったことを象徴するものとして描いたのではないかと思われます。
聖書の中で用いられている塩は、今日と違いはるかに高価で貴重なものだった
古代において、塩は代償として用いられました。エズラ記4章14節ではこの点に関して、今日ではあまり用いられない表現が使われています。「私たちは、王宮の恩恵を受けておりますから……。」
この「恩恵」と訳された言葉は「扶養」とも訳せる言葉ですが、直訳すれば、「私たちは王宮の塩を食べています」となり、王が直接彼らの給料を準備していたことを意味しています。
彼らの給料が、実際に塩で支払われていたのかもしれません。英語の「サラリー(給料)」という言葉は、塩の配給制度を敷いていたローマ人が使っていたラテン語の「サル(塩)」から取られたものです。奴隷は塩と交換されていました。そのことから、「彼は自分の塩ほどの値打ちもない」という表現さえ生まれたのです。
イエスの時代および第二神殿時代においては、死海から採れる塩をヘロデ王が独占しており、祭司は神殿の儀式のために、その死海の塩を用いていました。
それ以前のエズラの時代には、塩を供給していたのはペルシャの王でした(エズラ7・21-22)。礼拝者には、いけにえのための塩を用意することは要求されていませんでした。
塩は油や薪と共に、神殿側によって用意され、神殿の敷地内にある特別な部屋の中に蓄えられていました。当時は宗教的な行事のために塩を用いていた例もあり、今日でも用いている例があります。
次回は、さらにこの「塩」の意味について掘り下げ、その役割の重要性について学んでまいりましょう。
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