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・約束は「まずユダヤ人に」与えられました。それらの約束を信じたアブラハムは義人と認められ、ユダヤ人はそれらを書き残す役割、聖書を書く使命が与えられました。
・メシア(キリスト)は、「まずユダヤ人に」来られました。イエスはマタイの福音書15章24節で、「『わたしは、イスラエルの家の失われた羊以外のところには遣わされていません』……。」と言っておられます。
聖書を書く使命はユダヤ人に与えられた
私は「ユダヤ人を始めとする」という神の原則を教えていただく経験をしました。22年以上もアメリカの福音派の教会で牧師をしてきた私は、多くの友人と共に、「新約聖書時代のような教会形成」をするために、欠けていることは何かを探求してきました。その探求の過程で、イスラエルを訪れました。この訪問こそ、「イスラエルを始めとする」という聖書的原則を発見する旅となったのです。
このほとんど無視されてきた原則は、イエスが昇天した時の別れの言葉の中でも強調されています。「聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、あなたがたは力を受けます。そして、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、および地の果てにまで、わたしの証人となります。」(使徒1・8)
宣教が始められて数年以内に、福音はまず一人の異邦人の軍人、すなわち、カイザリヤに駐屯していた、コルネリオというイタリア人士官を通して異邦人社会へと広まっていきました。コルネリオの祈りと施しは、神の前に立ち上って覚えられており、神はこの敬虔な異邦人の所にペテロを遣わしました。そして、コルネリオと彼の全家族が救いを受けることになったのです。(使徒11・14)
ペテロはこの話をエルサレムの教会の指導者たちにしました。「人々はこれを聞いて沈黙し、『それでは、神は、いのちに至る悔い改めを異邦人にもお与えになったのだ。』と言って、神をほめたたえた。」(使徒11・18)
“福音を異邦人へ”というペテロに与えられた神の啓示は、広く知られるようになり、初代の教父たちによって伝道が行われるようになりました。このようにして、福音は「ユダヤの全国民」(使徒10・22)を祝福し、熱心に祈りと施しをした一人の異邦人によって異邦人社会にも伝えられることになったのです。
私は自分の経験から、主の選びの民に対する正確な理解こそ、教会とユダヤ人両方を祝福するものだと悟りました。ユダヤ人は二千年にもわたり、恐ろしい迫害を経験してきました。そして今日、彼らはこれまで以上に緊迫した事態に直面しています。しかし同時に、最も素晴らしい好機に恵まれているとも言えます。なぜなら彼らは、教会が一番信頼できる協力者であることを認識し始めているからです。この「ユダヤ人を始めとする」という原則に基づいた行動も、それによってもたらされる祝福も、今日ほど大きい時代はかつてなかったと言ってよいでしょう。
「ユダヤ人を始めとする」というこの原則は、神の救いのご計画が成就するまで続けられます。この点において、私たちが神に従うことは、神がイスラエルに対してもっておられるご計画の成就、また同時に、クリスチャンに対してもっておられるご計画の成就をも、もたらすことになります。
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