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Key For The Bible
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実を結ばない枝
「(1)わたしはまことのぶどうの木であり、わたしの父は農夫です。

(2)わたしの枝で実を結ばないものはみな、父がそれを取り除き、実を結ぶものはみな、もっと多くの実を結ぶために、刈り込みをなさいます。

(3)あなたがたは、わたしがあなたがたに話したことばによって、もうきよいのです。

(4)わたしにとどまりなさい。わたしも、あなたがたの中にとどまります。枝がぶどうの木についていなければ、枝だけでは実を結ぶことができません。同様にあなたがたも、わたしにとどまっていなければ、実を結ぶことはできません。

(5)わたしはぶどうの木で、あなたがたは枝です。人がわたしにとどまり、わたしもその人の中にとどまっているなら、そういう人は多くの実を結びます。わたしを離れては、あなたがたは何もすることができないからです。

(6)だれでも、もしわたしにとどまっていなければ、枝のように投げ捨てられて、枯れます。人々はそれを寄せ集めて火に投げ込むので、それは燃えてしまいます。

(7)あなたがたがわたしに留まり、わたしのことばがあなたがたにとどまるなら、何でもあなたがたのほしいものを求めなさい。そうすれば、あなたがたのためにそれがかなえられます。

(8)あなたがたが多くの実を結び、わたしの弟子となることによって、わたしの父は栄光をお受けになるのです。」(ヨハネ15・1-8)

 イエスは二種類の枝、すなわち、実を結ばない枝と実を結ぶ枝とについて語っておられます。両方とも主の「中に」とどまっています。実を結ばない枝も「主の中に」とどまっているのですが、イエスは“一時的”に実を結ばない枝について言及しておられます。その枝は、「取り除かれる」と書かれています。

 2節で「取り除き」と訳されている言葉は、ギリシャ語の「アイロー」です。それは「取り扱うため、あるいは取り除くために持ち上げる」「出帆する(錨を上げる)」「(ヘブル人にとっては)罪をあがなう」「処分する」「持ち運ぶ」「持ち上げる」「解放する」「疑わせる」「取りのけておく」「移動させる」などと訳されています。

 私は、この箇所を読むたびに、ブドウの枝が針金か柵の上からぶら下がっている今日のブドウ園を思い浮かべていました。ですから、「取り除かれる」とは、切り取られ、無くなってしまい、もはや無意味となるのだと思っていました。ではここで、聖書当時の栽培方法に戻って考えてみましょう。

 ブドウの枝が、地上で土にまみれた状態で育っています。ブドウ園の持ち主が、やさしくブドウの枝を、例えば、その枝の下に岩を置くなどして「持ち上げ」、さらに環境の良い場所にその枝を移して成長を促し、その葉に付いている土をはらっている情景を思い浮かべてみてください。これこそが、私たちの結実を妨げている罪を取り扱われる神の御姿なのです。神は実を結ばない枝を、無慈悲にも切り捨てるお方ではありません。

 実を結ばない者が実を結ぶ者となれるように、愛のこもった鍛錬を、でき得る限りのケアと共に成してくださるのです。

 次号では、さらに聖書の例えを掘り下げて学んで参りましょう。
 エルサレムから祝福を祈りつつ
 
 
 
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