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聖書に登場する豊富な象徴的表現
1:ブドウの血
ブドウ汁は「ブドウの血」と呼ばれていました。ヤコブがその息子ユダを祝福して言いました。「彼はそのろばをぶどうの木につなぎ、その雌ろばの子を、良いぶどうの木につなぐ。彼はその着物を、ぶどう酒で洗い、その衣をぶどうの血で洗う。」(創世49・11)。また、申命記32章14節では、「牛の凝乳と、羊の乳とを、最良の子羊とともに、バシャンのものである雄羊と、雄やぎとを、小麦の最も良いものとともに、食べさせた。あわ立つぶどうの血をあなたは飲んでいた。」と言っています。
これらの箇所は、最後の晩餐で、イエスが言われたことばを思い起こさせます。
「これは、わたしの契約の血です。罪を赦すために多くの人のために流されるものです。」(マタイ26・28)
2:さばき
主のさばきは、ブドウ酒の絞り方を用いて、象徴的に語られています。
「『なぜ、あなたの着物は赤く、あなたの衣は酒ぶねを踏む者のようなのか。』『わたしはひとりで酒ぶねを踏んだ。国々の民のうちに、わたしと事を共にする者はいなかった。わたしは怒って彼らを踏み、憤って彼らを踏みにじった。それで、彼らの血のしたたりが、わたしの衣にふりかかり、わたしの着物を、すっかり汚してしまった。
わたしの心のうちに復讐の日があり、わたしの贖いの年が来たからだ。わたしは見回したが、だれも助ける者はなく、いぶかったが、だれもささえる者はいなかった。そこで、わたしの腕で救いをもたらし、わたしの憤りを、わたしのささえとした。わたしは、怒って国々の民を踏みつけ、憤って彼らを踏みつぶし、彼らの血のしたたりを地に流した。』」(イザヤ63・2-6)
3:繁栄と祝福
古代ヘブル人の間では、ブドウの木とブドウ畑は繁栄と祝福の象徴でした。メシアの時代に与えられる平和と安全が、次のように表現されています。「彼らはみな、おのおの自分のぶどうの木の下や、いちじくの木の下にすわり、彼らを脅かす者はいない。まことに、万軍の主の御口が告げられる。」(ミカ4・4、T列王4・25、ゼカリヤ3・10も参照)
4:イスラエルの象徴
イスラエルは、主によって植えられ、育てられた特選のブドウの枝であると例えられていますが、その枝が野生のブドウの木になってしまいました。(詩80・8-16、イザヤ5・1-7、エレミヤ2・21)
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