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体と機能
 ここまで、神とその民の関係が、力に満ちあふれた、生き生きとしたものであったことを見てきました。神はイスラエルをご自分の子として選ばれ、共に歩み、共に語り、従って歩むように導かれました。抽象的な方法ではなく、目に見え、手で触れられるよう、民族解放のプロセスと、奇跡的なご介入によって、ご自身を表されました。

 ですからユダヤ教では、「機能」という点に大きな強調点を置いています。一方で、ギリシャ的価値観の強調点は「構造・姿」にあるのです。

自分の生き方や行動と、信仰を結びつけて考えるイスラエル人の価値観

 イスラエル人は自問します。「私はどのように自分の信仰を表しているだろうか。どのように契約に基づいた関係を保っているだろうか。またどのように行動するべきだろうか」。

 ギリシャ的価値観に影響された西洋のキリスト教では、宗教理論に深い関心がもたれがちです。しかし、神が強調されるのは「正しい行動」です。聖書についても、「この聖書の、この箇所についてどう思うか?」という問い掛け以上に、「この聖句を土台として、どのように生きるか?」を追求します。

 私たちが、神との関係を「信仰」という言葉だけで考えるとき、知的な側面に終わってしまうことがあります。信仰は頭脳作業ではありません。ユダヤ教徒は、信仰もそうですが、相手(神・人)に対して真実であり続け、堅く立ち、信頼でき、誠実であり、ゆるぎのないことに注目するのです。ヘブル的価値観では、信仰と行動は切り離せないのです。

二元論
 古代ギリシャの哲学者・プラトンは、人類に「二元論」という概念を提供しました。彼は、同時に存在する二つの世界があると教えました。物理的な世界は見える世界であり、不完全、悪の根源であり、より劣っている世界である。一方、霊的な世界は目に見えない、人間の魂の源であり、さらに優れた場所である。

 だから、人間は肉体から解放されることを切望しなければならない。肉体を神に隷属させることによって、魂は神のおられるところに居場所を見いだすことができる。魂は、悪しき肉体の中に囚われていて、死によってのみ、霊の世界へと逃れることができる――と教えたのです。

 しかしながら、イスラエル人は古くから、この世界でも神との交わりは可能であるとしました。この世界は、神がその子どもたちのために、ご自身の愛を示すためにお造りになったととらえました。ヘブル的な世界観には二元論はありません。神の御力によって、身体と魂は統合されます。

 人は魂をもつ存在ではなく、魂そのものです。また、肉欲を克服するために肉体を拒否するという、禁欲主義の概念はありません。すべての良い賜物は神からのものであり、喜びと感謝をもってそれを受け取る。そうしないなら、神を侮辱することになると信じました。
 
 
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