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「官能性」対「霊性」
 ギリシャ人は人間の肉体を崇めました。肉体美は他のすべてに勝って、人々の憧れの的となりました。「ヌード(裸体)」は芸術だけでなく、スポーツなど公の場でも当然のこととされました。しかし、イスラエル人は、内なる人以上に外なる人を尊ぶことをしませんでした。内なる霊性は、神と社会との生き生きとした交わりの中で表され、ユヤ人の礼拝の核を成すものでした。人間の身体は神からの賜物として評価され、大切にされ、神への礼拝を実行する器として、尊厳と謙遜をもって扱われました。

アポロ像

知識
 古来より、イスラエル人にとって、知識の習得は、生涯における最も崇高な目標の一つとされてきました。次世代への信仰と伝統の継承(教育)は、ユダヤ人が生存し続けるために非常に重要でした。タルムード(ユダヤ人の伝統と注解)には、次のような格言が載っています。

 「子どもの教育は、その子どもを創造しているようなものです。世界は学校の生徒たちの息吹によって成り立っているのです。」知識を得る目的は、生涯を通じて神を知り、その御教えに従順になることです。トーラー(聖書の最初の五書)は、神が与えた指示書であり、神のご計画に従って生きるためにはどうすればよいのかが示されています。そのトーラーをいかに学び、修得し、熟達し、それぞれの生活環境の中で生かしていくかは、人々に委ねられています。

 ただ単に理解するだけでは充分ではありません。修得は“応答”を要求します。ヘブル的教育の究極のゴールは、弟子の育成であり、神の御教えを次世代に伝え、それを通して彼らが神を敬い、神に従うようになることです。

 一方、ギリシャ人は、知識を尊びましたが、それを追求すること自体に価値を置きました。それは情報と知識の習得であり、神への服従につながる糧を得ようとするものではありませんでした。学習に関するヘブル的・ギリシャ的認識の違いを、ノーマン・スナイス氏は見事に言い当てています。「ヘブル的学習の目標と目的は『ダアトゥ・エロヒム(神の知識)』であり、ギリシャ的学習の目標と目的は『グノーシ・セアウトン(知識そのもの)』である」。

 この二者には非常に大きな違いがあり、共通項を見いだすことは不可能です。立場においても方法においても、完全に相反しているからです。ヘブル的な学習は、神を出発点としており、唯一まことの知識は、神からもたらされる知識です。まさに「神を恐れることが、知識の初め」なのです。人間は、まず神について学び、神の至高の意思に従うことで、自分が誰なのか、この世とどう関わっているのかを知ります。

 一方で、ギリシャ的学習は、まず人間の知識から始まり、人間の内にある崇高な性質を用いて、神のご性質や思考を追求して、上へたどり着こうとするのです。聖書では、人間は御霊によって生まれ変わる以外、高度な性質をもつことはできないと教えています。
 
 
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