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ヘブル的でなければどうなるのか?
 21世紀に住む私たちクリスチャンにとって、ヘブル的価値観は、長年にわたり失われていた遺産です。私たちの価値観は、古代ギリシャに端を発する、“ヘレニズム”と呼ばれる異なった思想によって形作られ、情報として流されてきました。

アレキサンダー大王の像

 歴史家によれば、ヘレニズムの時代は、かのアレキサンダー大王の死(紀元前323年)からクレオパトラの死、エジプトがローマ帝国に組み入れられた紀元30年までを指すものとされています。もっと広い意味では、ギリシャ語を話す地方の文化を受け継いだものを指しており、また同時に、ローマ、カルタゴ、インドなど、アレキサンダー大王が征服した地方へ及んだギリシャ文化の影響を指しています。

 もっと単純に言うなら、これが「ギリシャ的価値観」であり、1世紀当時のユダヤ人にかなりの影響を与えました。イスラエルの外に離散していたユダヤ人は、さらに深い影響を受けました。

 当時のイスラエルでは、ユダヤ人の多くがギリシャ風に着飾り、ギリシャ風の名前をもち、ギリシャの自由な文化を取り入れましたが、ユダヤ教にはほとんど影響はありませんでした。

 しかしながら、離散のユダヤ人には、ソクラテスやアリストテレス的な考え方が一つの大きな力となっていました。大きなユダヤ人社会があったアレキサンドリアやエジプトでは、ユダヤ人とギリシャ人は自由に交流し、互いの思想や考えを受け入れ合いました。

 やがて、キリスト教が伝えられると、そのような、ギリシャ的影響を強く受けたユダヤ人の中から、救われる人々が起こされていきました。最初、キリスト教は、イエスが始めたユダヤ教の一派として認識されていました。しかし、それから短期間のうちに、異邦人クリスチャンの数が、ユダヤ人信者の数を上回るようになりました。

 キリスト教神学を教える最初の学校が、アレキサンドリアで設立されました。この学校の当初の役割は、聖書とギリシャ哲学の調和でした。聖書を文字通り解釈することに重きが置かれなくなったことで、比喩的な解釈が先行するようになり、結果、多くの弊害が出ました。その一つが "反ユダヤ主義" です。

エジプトのアレキサンドリア。大理石を用いた12段の観客席や
モザイクの床などもあったというローマ円形劇場

 初代教会における、アブラハム、イサク、ヤコブの神との生き生きとした個人的・社会的な関係が、組織化されたキリスト教教理に取って代わり、3世紀までに、教会のヘレニズム(ギリシャ)化が進み、キリスト教はそのルーツを、イスラエルという土台から切り離しました。それは、クリスチャンとユダヤ人との間に亀裂を生じさせ、以後、その断絶は1700年間も続きました。

 
 
 
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