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 ネルソン版聖書辞典では、優しさを「神の、その民に対する真実な愛といつくしみ」と表現しています。この意味はホセア書2章23節に要約されています。

 「わたしは彼をわたしのために地にまき散らし、『愛されない者』を愛し、『わたしの民でない者』を、『あなたはわたしの民』と言う。彼は『あなたは私の神』と言おう。」

 ここに示されているのは、主のいつくしみとあわれみ、そして愛する民に対する寛大さです。

 ユダヤ教のラビ、ヨセフ・ゼエブ・リポウィッツ師は、次のように記しています。「神のかたちに造られた人類は、神ご自身のいつくしみに到達することができるし、またそうならなければなりません。優しさは、人間を計る計りです。それによってその人の霊性が計られるのです。」

 ラビのマルカ・ドルケール師は、「トーラーのいつくしみとあわれみ」という説教の中で、次のように記しています。「優しくあること、その秘訣は、自分がそうしたくない時にも愛すること、与えるのに十分ではないと感じるときにも愛すること、自分が他の人々から、そして自分から、また神から離れていると感じるときにも愛することにある。」

不寛容がもたらす結果 ― 古いユダヤの例え話より
 第二神殿は、紀元70年、ローマに破壊されました。この出来事について、タルムード(慣習や聖書注解を集大成したもの)の中に、一つの例え話が掲載されています。

 ある人が、自分の友人すべてを招待し、宴会を催すことにしました。彼はお客の名簿を作成し、招待状を送るよう、自分のしもべに命じました。その名簿の中に、“カムツァ”という人がいましたが、しもべは間違って“バル・カムツァ”という人に招待状を送ってしまいました。その人は、実は招待主の敵だったのです。バル・カムツァは、その招待状を受け取り、感謝の心に満たされて、宴会に出席することにしました。

 しかし、招待主はバル・カムツァの姿を見かけるやいなや、「ここから出て行け!!」と命じました。対し、バル・カムツァは、「すぐにここから去るというのは余りにも決まりが悪い……もし残らせてもらえるなら、宴会の費用の半分を負担しよう」と申し出ました。しかし、招待主の腹は決まっていました。重ねて、彼にそこを去るように命じました。どうしてこんな扱いを受けるのか分からず、混乱したバル・カムツァは、今度はその費用の全額を負担すると申し出ました。それでも、招待主は、バル・カムツァに出て行けと命じました。(ギッティン55b-56a)

 怒りと心痛極まりないバル・カムツァは、ローマの役所に赴き、そのユダヤ人の悪辣で不誠実な行動を告発しました。彼の訴えはローマ人を怒らせ、その結果、聖なる神殿を攻撃し、破壊するに至りました。

 この物語を教えるとき、ラビたちは、寛容であることの重要性と、正反対の行動がもたらす結果の大きさを強調するのです。
 
 
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