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イエスがヨハネの洗礼に身を委ねられたとき、聖霊がハトのように天から下ってきた
バプテスマのヨハネの洗礼
では、バプテスマのヨハネの洗礼は、どこから来たのでしょうか。イエスも同じ質問をなさいましたから(マタイ21・25)、その答えは非常に重要でした。主は、バプテスマのヨハネの洗礼は、天からのものなのか、それとも人間に由来するものなのか、エルサレムの神殿の庭にいた祭司長、長老たちに質問されました(マタイ21・23―27)。どちらか一方、あるいは両方だと言えるでしょうか。ここでイエスははっきりと正解をおっしゃることはせず、聴衆たちへの宿題とされました。
それよりもさらに大きな問題は、バプテスマのヨハネは何者だったのか? ということだと思います。1948年、イスラエル建国とほぼ同時に、死海のほとりのクムランの地で発見されたのが「死海写本」でした。これらの聖書の巻物や教典は、新約時代に存在していた「クムラン教団」と呼ばれる、当時のユダヤ教の一派によって書き残されました。彼らが、当時「エッセネ派」として知られていた教派の先駆者であったことを示す、強力な証拠があります。バプテスマのヨハネが、荒野にいたこの教団から強い影響を受けていたことは、ほとんど疑う余地がありません。
ビーズレイ・マレイは、洗礼の原型に関する研究の結果として、バプテスマのヨハネについて、深い洞察を提供しています。
「ユダヤ教で長年行われてきた儀式的な沐浴の習慣が、裁きとあがないの預言と結び合わされ、イスラエルの救いを待ち望んでいた人々に、ヨハネによって、洗礼という手段で提示された。その手段は、彼が期待した以上の成功をもたらした。すなわち、その手段に救い主(イエス)ご自身が身をお委ねになったことで、(その道に従う)神の国に属する人々に、権力をお与えになったのである。」(Beasley-Murray,P.44)。
神は、その無限の知恵によって、人間の歴史の中で御業を進められ、神の預言者であり、しもべであるヨハネを通して、洗礼という手段によって、天と地を結び合わせたのです。
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