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Key For The Bible
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◆神と共に歩む

→学びは一生続く行為である

 神もまた、エデンの園でアダムとエバと共に歩まれ、彼らの生涯に対し、ご自身が望んでおられることを教えられました。エノクは、神に喜ばれる歩みを続けた結果、死を経験しないまま、天に移されました。アブラハムは、彼の造り主の御前で、信仰と忠実さをもって全き歩みをしました。彼は神を信じ、神がお命じになったことには、直ちに、そして少しも条件を付けないで従いました。ですから、神は、“アブラハムの神”と呼ばれることを恥とされませんでした(ヘブル11:16)。

 預言者ミカは、神と共に歩むことの大切さを語り、人類の義務を次のように要約しました。

「主は何をあなたに求めておられるのか。それは、ただ公義を行ない、誠実を愛し、へりくだってあなたの神とともに歩むことではないか。」(ミカ6:8)

 正義、公正を求め、虐げられている者を救い出し、孤児を援護し、未亡人のために弁護する、などの義なる行いは、神の教えを習得することで実行されます(イザヤ1:17)。聖書に記されている神の指図を学び、受け止めるなら、その歩みのすべてにおいて、公正とあわれみをもって行動することができるようになり、へりくだって神と共に歩む、真の弟子となることができます。

→現在のイスラエルでも、物乞いは道端のあちこちで見られる。今日のユダヤ教においても、施しをすることは「義なる行い」の一つである

 ヨハネはそのような人間関係を強調しました。「愛とは、御父の命令に従って歩むことであり、命令とは、あなたがたが初めから聞いているとおり、愛のうちを歩むことです。」
IIヨハネ6節)。

 パウロはこの考えに完全に賛成しています。「終わりに、兄弟たちよ。主イエスにあって、お願いし、また勧告します。あなたがたはどのように歩んで神を喜ばすべきかを私たちから学んだように、また、事実いまあなたがたが歩んでいるように、ますますそのように歩んでください。」(Iテサロニケ4:1)

←原語で「罪を犯す」とは「的を外す」ことを意味する。的を射る人生を送るには、神のみことばを学び、従うことが大切である
 
 
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