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 最初「タルミッド」という言葉は、音楽を学ぶ学生に対して用いられました。音楽は、演奏されて初めて楽しむことができます。このことから、弟子が単に知識を蓄えるだけでなく、訓練を通して、理論を“楽しめる音”へと昇華していく必要があるということを教えています。学び、実行することが重要です。

→数学に取り組むユダヤ人の少年

 このように、弟子とは学ぶ者であり、行う者でもあります。つまり、「行う」ために「学ぶ」者なのです。ヤコブは語っています。「また、みことばを実行する人になりなさい。自分を欺いて、ただ聞くだけの者であってはいけません。」(ヤコブ1・22)

 “弟子とは学ぶ者である”ということは、使徒たちが記した新約聖書に表されているギリシャ語の用語でも確認されます。「マーセーテス」とは「学ぶ者」「生徒」「弟子」を意味します。この言葉は「マセマティクス(数学)」の語根で、数学には学びと応用が必要です。数学という学問も、弟子となり、熱心な訓練を経ることなくして達成することはできません。

→イェシバと呼ばれるユダヤ教の神学校では、聖書の学びにおいて学生たちが熱心に議論を戦わせる

 「クリスチャン」という表現は、聖書の中で2回しか用いられていないのに、「弟子」という言葉は270回も使われています。クリスチャンが果たすべき究極的な役割は「クリスチャン」を造ることでも、「信者」を増やすことでもありません。弟子を造ること、つまり、その核心的な意味において、学ぶ者、生徒たちを造ることにあります。マタイ伝28章18節から20節で、私たちは次のように教えられています。

 「イエスは近づいて来て、彼らにこう言われた。『わたしには天においても、地においても、いっさいの権威が与えられています。それゆえ、あなたがたは行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい。そして、父、子、聖霊の御名によってバプテスマを授け、また、わたしがあなたがたに命じておいたすべてのことを守るように、彼らを教えなさい。見よ。わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます。』」

 弟子となることは、ただただ神に守られて気持ちよく過ごすことではありません。神とその御心を行うことについて学び、訓練を受け続けることを意味します。弟子となることは、単に感情的なフィーリングではなく、行う=実行を伴うことなのです。

 
 
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