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◆人類に与えられた最も高尚な素質
学ぶことは人生に不可欠な要素です。学ぶことで、人間は、理性による能力を発揮します。それこそ、人類が他の被造物と区別されるラインです。学習能力は、神が人類に与えられた尊い賜物であり、人類が神のかたちとして、神に似せて造られたゆえの、天賦の才能なのです。神は形を持っておられませんから、“人間が神のかたちに似せて造られた”とは、その物質的な特徴とは全く関係のないことです。
神のかたちに、神に似せて造られているとは、理性を働かせることができること、また、その理性的判断に基づいて行動する自由意志が与えられていることを指しています。知能と良心、すなわち頭脳と心のつながりによって、人類は、神を認識し、神のみことばと御旨を学び、信仰を通して与えられる恵みによって霊的体験を持ち、神に祈りを捧げることができるようになったのです。
ユダヤ民族によって、学ぶことは、常に聖なることと見なされてきました。知識から理解へ、理解から知識へと前進することは、預言者や賢者たちが、使徒や教師たちが、男女を問わず、大昔から追求し続けてきたことです。行動へとつながる知識を得ることは、個人、集団を問わず、ユダヤ人にとっての熱情でした。ですから、識字力と教育は、選民である彼らの特徴であり、彼らの成功の源となっています。
↑ユダヤ人は子どもがまだ幼い頃から聖書を熱心に教育する。子どもの腕に巻かれているのは「テフィリン」と呼ばれるみことばが入った小箱。これを腕に巻きながら、神のみことばを身に付け実践することを体験的に会得していく
◆弟子訓練の核心
「ラメッド」のもう一つ別の形は、「リムード」という名詞――つまり「生徒」あるいは「弟子」です。弟子とは、教えられる者、学びの訓練を受けている者のことです。訓練を受けない弟子などいません。学びの訓練こそ、弟子、学ぶ者、学者を造り上げるのです。怠慢や無関心から訓練を避けようとする者は、決して弟子とはなれないのです。
→楽器を習う子どもたち
「リムード」という言葉は、聖書の中では最初に、第一歴代誌25章8節で、「弟子」を表す言葉として用いられています。この言葉は、「タルミッド」つまり「学者」という言葉の語根であり、やがてユダヤ人の社会で、学生、学ぶ者、弟子たちを指す、ごく普通の言葉として用いられるようになりました。イエスも、ご自分の弟子たち(タルミディーム=複数形)について語られた時にお用いになった言葉です。
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