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→十字架のあがないは「隣人を愛せよ」という律法の教えの完全な実践だった
ルカ伝22章66節から70節、23章2節を通して、当時の大祭司や律法学者たちは、イエスのメシア宣言をはっきり理解していたことが分かります。彼らはそれを信じませんでしたが、イエスがメシア、人の子、また神の子であることを主張した事実は疑いませんでした。
このため、彼らはイエスをピラトの元に連れて行き、罰したのです。彼らは、イエスのもろもろの主張を神への冒涜とみなしました。イエスを信じた他の人々は、それを神聖なものとみなしました。
使徒行伝5章33節から39節では、多くの宗教指導者が、イエスがメシアであられることを説教した罪で、ペテロを殺そうとしました。その中で、パリサイ人の重鎮ガマリエルが立ち上がり、サンヘドリンの指導者たちに、「ほかにもいわゆるメシアと主張する、チュウダやガリラヤのユダといった者たちがいたが、彼らは結局死に、彼らに従った者たちも散らされ、その教えも無に帰してしまった」ことを思い出させ、ペテロを擁護しました。
ガマリエルは「そこで今、(ペテロや他の弟子たちについて)、あなたがたに申し上げたいのです。あの人たちから手を引き、放っておきなさい。もし、その計画や行動が人から出たものならば、自滅してしまうでしょう。しかし、もし神から出たものならば、あなたがたには彼らを滅ぼすことはできないでしょう。もしかすれば、あなたがたは神に敵対する者になってしまいます。」(使徒5:38-39)と結論付けました。
ほぼ2千年経った今もなお、イエスのメッセージと働きは保たれ、生き続けているのです。
エルサレムよりシャローム
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