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◆安息日の主
 ルカ伝6章1節から5節で、安息日にひもじい思いをした弟子たちは、麦畑で穂を摘んで食べていました。それを見たパリサイ人が、主と弟子たちが安息日と律法を破っている、とつぶやきました。イエスは決して律法を破ろうとされない方でした(マタイ5:16-17)。しかし、当時、一部のラビたちによれば、穀物を摘む行為は安息日では労働とみなされ、律法違反とされました。イエスは明らかにその解釈に同意せず、また安息日に癒やしの御業を行うことも律法違反とは受け取られませんでした(ルカ6:6-10)。安息日を聖別するために、多くの規定が積み重ねられていきましたが、それらは重荷にこそなれ、祝福ではなくなっていました。マルコ伝の記事には、イエスが、「安息日は人間のために設けられたのであって、人間が安息日のために造られたのではない」ことを人々に思い起こさせたことが記されています。(マルコ2:27)

 しかし、イエスは批判するパリサイ人たちに、単にご自身が同意しない意思を表すだけでなく、さらにこう言われました。「人の子は安息日の主です。」

 ここでは「人の子」というメシアを示すことばの使用と、神だけが持つことのできる権利、「安息日におけるご自身の権威の宣言」という、もう一つのメシアの旗が翻っています。神はモーセの律法以前に安息日を制定されました(創世2:2)。イエスは父・御霊と一つなるお方ですから、それを主張する権威があったのです。

◆イエスのメシア宣言
 イエスはイスラエルの人々に、ご自身のメシア的権威を押し付け、信じ込ませようとはされませんでした。真に見て理解したいと願う人々に、メシアとしてのご自身を啓示する方法で語り、行動されました。今回は、ルカ伝のみことばをほんのわずか学んだだけですが、これらの章句は明らかに、イエスがメシアとしての自己理解を確立されていたことを語っています。イエスは直接的に「わたしはメシアである」とか「わたしは神の子である」とは言われませんでしたが、紀元1世紀のラビとして、ご自身が誰であるかを明らかにされました。「イエスはメシアであることを主張されなかった」とか、「ご自分がメシアであるのを知らなかった」と言う人は皆、単にイエスのおことばを理解していないだけなのです。

 神学者ロバート・リンゼイは「人が福音書を読むとき、福音書はもともとラビ的な思想を背景とする、ヘブライ語で語られた言葉や慨念を保持していることを心に留めておかねばならない。今日、これはほとんどのクリスチャンにとって全く異質なものとなっている」と指摘しています。聖書の本文は、ヘブル的な言葉や概念に裏打ちされています。それらが1世紀にヘブライ語で語られた時には、今の私たちにはおぼろげにしか見えないことが隠されることなく、はっきりと表現されていました。イエスが誰だったかについて、より多くのことを知りたければ、彼が語られた言語や、生きた環境をもっと学ぶ必要があります。

 
 
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