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◆超自然の意識
ルカ伝4章31節から37節で、イエスはメシアとしての権威をもってカペナウムで教えておられます。悪霊につかれた男性が群衆の中にいて、イエスに、「私はあなたがどなたか知っています。神の聖者です。」と言いました(34節)。その悪霊も、超自然レベルで、イエスがメシアであると認識していました。ルカ伝4章1節から13節では、サタンがイエスを誘惑する前に「あなたが神の子なら、」と言ったことで、またイエスが誰であるかを知っていたことを示しています。
カペナウムで、イエスが「黙れ。その人から出て行け。」(35節)と命じられると、悪霊は男性から出て行きました。イエスはご自分の権威によって悪霊を追い出されたのであって、御父に助けを呼ぶことはされませんでした。もし彼が単に、自分をメシアと思い込んでいる夢想家であったなら、超自然の世界は少しも応答しなかったでしょう。
私たちが癒やしを求めて祈るという超自然的行為をするときは、主の御名を呼び求めます。私たちは、自分自身の権威によって何かが起こるなどとは期待しません。しかし、イエスは神の現れであり、またメシアとしての権威を持っていました。この行為は、彼がメシアであられるという事実を明らかにしました。「権威と力とでお命じになったので、汚れた霊でも出て行ったのだ。」(36節)と言って、人々が驚いた理由を読み取ることができます。
◆中風(不随)の癒やし
ルカ伝5章17節から26節で、イエスは中風の人を癒やされました。主が家の中で教えておられたので、中風の人を運んできた友人たちは、屋根に穴を開けて、イエスがおられる所に彼を降ろしました。
イエスはこの時、ガリラヤや遠くユダヤ、エレサレムからやって来た律法学者たちに応対しておられました。主はこの場を用いて、ご自身がメシアである証拠を彼らに示されました。
イエスはまずその中風の男に「友よ。あなたの罪は赦されました。」と言われました。パリサイ人たちは即座に反応して「神をけがすことを言うこの人は、いったい何者だ。神のほかに、だれが罪を赦すことができよう。」(20-21節)と言いました。
ここでイエスは「赦す」というヘブライ語の「サラー」を用いました。この言葉は、“神が人を赦す”場合にだけ用いられるもので、人が赦すときには決して用いることができません。(レビ記4-5章参照)。それでパリサイ人たちは、「神をけがすことばを言っている」と言ったのです。このことばを用いることで、主はご自身を神と等しいとされました。
また、これらの章句から、パリサイ人たちが何を思っているのかを、イエスが知っておられたことが分かります。そこでご自分が何者であるか、また何を実行する権威があるかを証明するために、直ちにその人を癒やされました。イエスは「人の子が地上で罪を赦す権威を持っていることをあなたがたに悟らせるために。」(24節)、この御業を成されたのです。
イエスはここでも、メシアであると宣言される際に、“人の子”ということばを用いておられます。その結果、人々はひどく驚き、畏れに満たされ、神をあがめました。
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