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◆人の子
 イエスが「私はメシアである」と主張しながら歩き回らなかったのは、彼の時代にそうした主張をする者が多くいたためです。話すのは安易であり、主張するのは簡単ですが、行動をもって主張を裏付けることによってのみ、その人のメシア性が真に確証されます。

 イエスは言動を通して、メシアに関する旧約聖書の預言を成就されました。彼はヘブル的手法で、こうした預言を聖書から引用しつつ、メシアを待ち望んでいた人々に、“自分こそ約束された方である”と分かるように語られました。

 聖書の預言において、聖霊は記者たちに、来たるべきメシアについて慎重に述べるように、と霊感をお与えになりました。これらの箇所は、ほとんど「メシア」であられる来たるべき方について、具体的に語っていません。むしろ、「枝」「わたしのしもべ」「わたしの選んだ者」というような、抽象的な表現が使われています。ですから、イエスの場合も、御霊がそうされたのと同じように語ることが求められていましたし、実際にそうされました。

 ルカ伝5章24節と6章5節、そして福音書全体に、イエスがご自身を「人の子」と呼んでおられる箇所が随所にあります。この称号は、イエスご自身の人生を示すというよりは、ダニエル書7章13節に直接由来することばです。それは広く受け入れられていたメシアの称号(バル・イナシュ)であり(ダニエル書はヘブル語ではなくアラム語で書かれた)、天に起源をもつメシアの姿を記述しています。この章句は何を語っているのでしょうか。

 「私がまた、夜の幻を見ていると、見よ、人の子(バル・イナシュ)のような方が天の雲に乗って来られ、年を経た方(父)のもとに進み、その前に導かれた。この方に、主権と光栄と国が与えられ、諸民、諸国、諸国語の者たちがことごとく、彼に仕えることになった。その主権は永遠の主権で、過ぎ去ることがなく、その国は滅びることがない。」(ダニエル7:13-14)

 イエスはご自分の人間性についてではなく、霊的な使命を帯びて天から来られた方として、この称号を用いられました。石打ちの刑に遭ったステパノが、使徒行伝7章56節で、天の幻を見てこう言いました。「見なさい。天が開けて、人の子が神の右に立っておられるのが見えます。」

 ですから、イエスがこの称号を用いておられる箇所はどこでも、ご自分がメシアであることを明かにされていると言うことができます。

 イエスがメシアたる身分を称号的な用語でしか知らせなかったもう一つの理由に、大衆を刺激したくなかったということがあります。当時、ユダヤはローマの圧政の下にあり、人々は国家的な自由を得させてくれる、政治的な意味での救世者(メシア)と、それに伴う多くの恩恵を期待していました。主イエスの目的は霊的なものであり、政治的なものではありませんでした。主はあくまで霊的な神の国の樹立のために来られました。ですから霊的な用語を用いて語り、彼がメシアであると認め、それを告白した人々に、しばしばその知識を内に秘めておくようにと告げられました。(ルカ5:14)

 
 
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