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ネヘミヤは、彼が直面している戦いの中心にあるのが「神の御名」であることを認識していました。神には、ご自身のみことばを遂行される力があります。シオンに住む御民が守られることなど、おできにならないはずがありません。これは今日も同じです。
エゼキエル書36章で神は、イスラエルの民を散らされたのは、彼らが罪を犯したからだ、と仰せられています。しかしながら、諸国に民が散っていったと同時に、ご自身の御名が汚されることになりました。それは、約束の地を永遠にイスラエルに与える、という契約を、神が守られなかったかのように見えたからです。同時に神は、御名を守るため、イスラエルの民を霊的にも肉的にも回復させることを、固く誓われています。「わたしはあなたがたのからだから石の心を取り除き、あなたがたに肉の心を与える」と。
今日、神は地の四隅から御民を戻しておられます(イザヤ11・11―12)。土地を回復し(エゼキエル36・8―12)、御民の魂を救いへと導いておられます。しかしながら、ネヘミヤの時代と同じく、神に敵対する者たちが、イスラエルを回復し、救い主(メシア)のメッセージを伝えるという神のご計画を阻止すべく働いています。
クリスチャンは、神の救いの計画を伝える大使となるよう召されています。神の御名が回復されるために、救済史の完成とキリストの再臨における、イスラエル民族の独自の役割を、教会が認め、神と共に彼らを愛し支える必要があります。2千年前、預言者によって記され、また主イエスによって語られた多くの預言が今、この時代に成就しています。しかし、多くのユダヤ人と教会が、このすばらしい状況を知りません。
私たちは、これらの預言にしっかりと土台を置き、その一端を担うことができるよう働く必要があります。BFPには、多くの聖書的なプログラムがありますが、これらを通して、教会もシオンの回復という、神の御業の一部を担うことができます。そして「エルサレムの平和のために祈れ。」(詩篇122・6)と呼び掛けることで、メシア到来の約束が成就するために祈りを積むことになるのです。
黙示録には、「新しいエルサレム」が、土台が宝石類で飾り立てられた、すばらしい城壁を備えていることについて書かれています。そこには真珠で飾られた、イスラエルのそれぞれの部族の名前を冠した12の門が設けられています。その壁には一切の破れ口がなく、主の栄光を受けて輝くことでしょう。主に栄光を帰すことができるように。主の尊い御名が聖とされるように。その日の到来に備えて、神の御民が回復されるように、私たちも、ネヘミヤのように歩みたいと思います。アーメン!
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