著:シェリル・ハウアー(BFPアメリカ支部副支部局長)
編:BFP編集部
◆書物としてのネヘミヤ記(続き)
ヘブライ語の語根には、多くの意味があります。例えば、「トゥシュバー」という単語は、単純には「悔い改め」ですが、実際には二つの意味があります。「〜から背を向ける」、そして「〜に返る・向かう」。このことから、「悔い改め」の真の意味が何なのか、私たちは理解することができます。「罪に背を向け、神に立ち返る」――それが悔い改めの姿勢です。
聖書注解書のほとんどが、ネヘミヤという名の意味を「神の慰め」と定義しています。「ネヘミヤ」という名は、「ナフーム」という語根から来ています。ナフームには、「慰める」「元気づける」「あわれみ」「敵を討つ」「のろいから逃れる」という意味があります。神の器として、ネヘミヤはイスラエルの上に降り掛かるのろいを取り払い、イスラエルを捕らわれの身から解放し、その敵を討ち、エルサレムを神の聖なる都として建て直しました(詳しくはネヘミヤ記参照)。その働きが同胞に励ましと慰めをもたらしたことから、この名にはより多様な、より深い意味が含まれていることが分かります。
先月、ネヘミヤ記の1・2章を通して、ネヘミヤがどのような人物であったかを見てきました。次の第3章では、壁の修復事業が進む中、誰が何をした、という記述が続きます。
ユダヤ人社会のリーダーであった祭司たちが、まず先頭に立って工事に当たった、と記されています。また、個人、家族のそれぞれが、自分の住居がある部分の壁について、責任をもって修復をした、とあります。当時、町を囲むその厚い城壁の中に、住居や部屋が設けられていたからです。それぞれが自分の住む区域の分担を負い、しかも幼い少女たちまでもが携わった、とあります。壁の修復に当たり、ネヘミヤは、班分けをして、この班はここに配置……あの班はこの仕事に……などということはしませんでした。彼は、それぞれが住み、属している場所において、それぞれの仕事を負うようにしたのです。
私たちも、主のために働くとき、自分の居場所で始められます。壁の修復に当たったのは、専門技術を持った石工や大工といった人々ではなく、一般の人々でした。ネヘミヤ記3章31節では、金細工師や商人までもが、壁の修復に参加した、とあります。社会全体が、この事業の一端を担ったのです。
←正しい人は内側に輝きを携えている
ところで、「正しい人は、内に聖なる輝きを携えている。彼が行く所すべて、その輝きで満ちている。彼が去ると、その輝きも取り去られる」と、ユダヤ教のラビは教えています。
次のような記述がタルムードにあります。ペルシャの王が、ユダヤ人に「エルサレムに帰還してよい」と命令を出しました。このため、ユダヤ人は何日もかけて用意をし、ついにある日の午後、町を去りました。次の朝、王が目覚め、バルコニーに出てみると、町があまりにも空っぽで、静かで、むしろ嘆きに満ちているように見え、悲しみを覚えました。
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