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 イスカリオテのユダが死んだ時、初代教会は、ユダの代わりとなる十二使徒を立てる必要を感じ、くじを用意して使徒を選びました。くじですから、そのうちの誰かが当たりを引くのは当然です。しかし主の御心が、「ユダの代わりとなる使徒が、確かに必要である。しかし今ではない。」というものだったらどうでしょう。

 使徒たちが“神の時”を心に留めていたなら、もっと時間を置いたはずです。やがてパウロが現れ、十二使徒の一人として立ったことでしょう。そうなれば、パウロが使徒であるかどうかの問題で、あれほど苦労することはなかったはずです。奇妙なことに、くじ引きによって使徒職に就いたマッテヤについては、その後全く記録が残されていません。

 時に主の御心を正しく知るために、時間を置いて待つ必要があります。神は私たちが無理やり求めるものを、すぐにお与えくださるかもしれません。しかし、それらが最善ではないことがあり、時間を置くことで、むしろより良い回答が与えられることもあるのです。

 霊的に若く未熟なとき、物事を自ら掌握し、結果を出そうと誘惑を覚えることがあります。神の沈黙、つまり農夫の不在期間には、大きな意味があります。これは信仰の成熟に必要不可欠です。そして、静かな露の到来(詳しくは先月号参照)――私たちをリフレッシュさせてくださる神の御声を待つこと、そして神の御心よりも先走らず、忍耐をもって御声を聴き続けることを学ぶ必要があります。

 農夫の不在期間中、ブドウはどうやって生き延びるのでしょうか。これには、イスラエルの地に転がっている石が役立ちます。ブドウ園を覆っている岩石は空気より温度が低いので、この上に水分が付着してとどまります。夏場のエルサレムでは、私の車にもたくさんの露が降り、朝になると筋になって流れ落ちています。ブドウ園では、岩の上に付着した露が水滴となって地面に滴り落ちます。

 霊的生活においても、露の訪れを待ち続けない限り、受け取るべき豊かな恵みを失ってしまうことでしょう。一見、地面の上で邪魔に見える岩や石も、露を招くためにとても大切なものなのです。それらは神のご臨在であり、私たちの命に直接染み込んでくるものです。

 時々私たちは“自分は霊的に洗練されているから、静まってデボーションをもつことは必要ない”と錯覚し、忙しく奉仕することを重視します。しかしながら、主イエスは時に一晩中、一人で祈られることもありました。もし、イエスご自身が天の導きを求めて静まられたのであれば、それは私たちの模範にほかなりません。主は、神の御前に静まることなくして、決してご自身の伝道活動を成そうとはされませんでした。

◆ブドウの実を成熟させる第二の方法―農夫による訓練
 これは、“枝打ち(余分な枝を落とすこと)”という農夫による訓練です。もし、すべての葉っぱや実を結ばないつるをそのままにしておくなら、栄養が取られ、肝心な実を結ばなくなってしまいます。イスラエルでは、豊かな実を実らせるために、かなり頻繁に枝打ちをします。降水量が少ないため、それをしないと小さくて酸っぱい果実しかならなくなってしまうのです。

 こうした枝は、他の枝の実りを阻むこともあります。ヨハネ伝15章2節には次のようにあります。「わたしの枝で実を結ばないものはみな、父がそれを取り除き、実を結ぶものはみな、もっと多く実を結ぶために、刈り込みをなさいます。」 

 
 
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