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 「わたしが自分のいのちを再び得るために自分のいのちを捨てるからこそ、父はわたしを愛してくださいます。だれも、わたしからいのちを取った者はいません。わたしが自分からいのちを捨てるのです。わたしには、それを捨てる権威があり、それをもう一度得る権威があります。わたしはこの命令をわたしの父から受けたのです。」(ヨハネ10:17-18)

 ユダヤ人はイエスを殺したのでしょうか?――いいえ、手を下したのはピラトとローマ人であり、腐敗したカヤパ率いるサンヘドリン議会がその陰謀の一端を担いました。そこにヘロデ・アンティパスもかかわっていました。ユダヤ人全員、あるいはローマ人全員が、イエスの死の責任を負っていたわけではないのです。

 「キリスト殺し」のレッテルが、キリスト教の歴史を通してユダヤ人の上に張られてきたことは、決して正しいことではありません。サンヘドリン内の一部の人間がかかわり、または一部のユダヤ人たちが「その人の血はわれわれに、われわれの子孫にかかってもよい」と叫んだからと言って、それがすべてのユダヤ人に対して適応されることではないのです。

 第一に、少数の人間が発した言葉が、民族的な意見とされ、それが全世代のすべての人間が負う責任となることは、正当化されることではありません。

 第二に、もし、ユダヤ人がイエスの死の責任を負うのであれば、それは異邦人も同様です。なぜなら、実際にイエスの死刑を執行したのは、異邦人であるローマ兵だったからです。彼らはイエスを十字架に釘付けにしました。

 第三に、イエスは、全人類の罪のために、進んでご自分を死に渡されました(ヨハネ10: 17-18)。ですから、正確には、私たちの罪が、イエスを十字架に釘付けにしたのです。ユダヤ人の群衆たちでもなければ、ローマの軍隊でもありません。

 第四に、死なれる前、イエスは次のように仰せられました。「父よ。彼らをお赦しください。彼らは、何をしているのか自分でわからないのです。」(ルカ23:34)。もし、この件について、イエスがユダヤ人、そしてローマ人の両方を赦されているのだとしたら、彼らと同じ者である私たちが軽く扱われることがあるでしょうか。

 第五に、最も重要なことですが、十字架にかけられた三日後、主は死よりよみがえられました。これこそ、キリスト教信仰の土台となる教えです( I コリント15:14)。それゆえ、誰かに対し死の責任を負わせる必要はないのです。主は生きておられます。そして私たちは、父なる神が、この世界を愛され、ご計画をもって私たちを救い出されたことを信じる者たちなのです。ハレルヤ!!

 エルサレムよりシャローム

 
 
 
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