これらのみことばをただ読む限りでは、ユダヤ人の罪を追及し、ローマ人のピラトをかばっているように見えます。
しかしながら、実際に企てられていた陰謀を理解するために、当時のユダヤ、およびローマの法律、また、サンヘドリン(ユダヤの最高立法機関)、ユダヤ地方を治めていたローマ人の執政官(ポンテオ・ピラト)、ガリラヤの執政官(ヘロデ・アンティパス)、この三者の間で企てられていた策術を把握する必要があります。また、言語学的にも、当事者たちが使った言葉が、いかに誤解の元であったかを知る必要があります。
◆ユダヤ人の尋問とローマの裁判
イエスの裁判――ここには完全に二つの異なった法廷システムが存在しました。ユダヤ教の法廷、つまりサンヘドリンは、宗教関係のことだけを扱いました。一方のローマ法廷は、生活に関係する民事を扱いました。
今日のイスラエルも同様で、宗教、生活(出生、結婚、離婚、葬儀、遺言書の検認)を扱う宗教法廷が、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教と、宗教ごとに設置されている一方、一般の法廷は、民事、および刑事を取り扱います。2000年前とさほど変わっていないのが現実です。
イエスの時代、すべてのユダヤ人の町には、三人の裁判官が置かれていました。エルサレムにあるサンヘドリンは三つの法廷に分けられていて、それぞれ23名の議員で構成されていました。
国家にかかわる重要事項は、サンヘドリン全体が一堂に会し(69名の議員が集まる)、大祭司が加わることで、総勢70名となりました。イエスが逮捕された夜、連れていかれたのは、大祭司カヤパの官邸でもたれていた三つの議会のうちの一つでした。
それより先に、ヨハネ伝11章には、カヤパが民衆を扇動して、イエスを殺そうと計画していたことが伺えます。イエスの名声が高まり、己の地位が危うくなることを自覚したからです。
カヤパの官邸では、裁判ではなく、むしろイエスに対する尋問が行われました。なぜなら、サンヘドリンの権限は、ローマによって尋問を行うだけに制限されていたからです。したがって、サンヘドリンでは死刑宣告はもちろん、体罰を与えることもできませんでした。むしろこれはローマ側の権限でした。
ユダヤ教の法廷は、イエスをメシヤ(神の子)として認めることなく、神を冒涜したと判断し、民事の次元でイエスの罪状をでっち上げ、ローマの裁きに引き渡しました。「それから、イエスを縛って連れ出し、総督ピラトに引き渡した。」(マタイ27:2)。「そこでピラトは彼らに言った。『あなたがたがこの人を引き取り、自分たちの律法に従ってさばきなさい。』
ユダヤ人たちは彼に言った。『私たちには、だれを死刑にすることも許されてはいません。』
これは、ご自分がどのような死に方をされるのかを示して話されたイエスのことばが成就するためであった。」(ヨハネ18:31―32)
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