◆それでは、どこから“日曜日の礼拝”が来たのでしょう。
初期の教会が書き残した著書には、紀元1世紀の終わり、新約聖書における幾つかの出来事、すなわち主の復活(マタイ28:1)、引き続いて主が日曜日に御姿を現されたこと(ヨハネ20:26)、エルサレムの教会に聖霊が降り注がれたこと(使徒2:1)が、週の最初の日に起こったと書かれています。
ヨハネもパトモス島において、日曜日に啓示を受けています(黙示1:10)。こうしたことから、日曜日は特別な日であると考えられるようになりました。また、初期教会の記録には、彼らが定期的に日曜日に集まっていたこと(使徒20:7、
I コリント16:2)、信者は日曜日を主の日とし、土曜日を安息日とし、日曜日と安息日の両方を守ったと書かれています。安息日は休みの日、日曜日は主の復活をお祝いする日とされていたのです(R・プリッツ『ナザレ派クリスチャン』より)。
キリスト教徒をローマの国教と定めた皇帝・コンスタンティヌスは、クリスチャンの礼拝日を土曜日から日曜日に変えたと誤って伝えられています。しかし実際には、日曜礼拝は、彼が4世紀の初めに権力の地位に就く150年も前から実行されていました。
しかしながら、コンスタンティヌスとニケア会議(325年)が下した決定に、クリスチャンが安息日を守る習慣を否定するようになった責任があることは確かです。この否定が、教会をユダヤのルーツ(根)から切り離し、次第にクリスチャンの祝日や礼拝に異教的な影響が入り込み、本来の意義を希薄にしてしまったのです。
初期の非ユダヤ人の教父たち(イグナティウス、テルトゥリアヌス、殉教者ユスティノスなど)は、日曜日を安息日と区別させようと努めました。しかしながら、彼らはユダヤ教の習慣には反対であり、彼らが残した注解書が、やがて教会をユダヤのルーツから切り離す決定を下す材料となり、クリスチャンが神のみことばと永遠のご計画、およびその目的を十分に理解し、解釈する妨げとなってしまったのです。
日曜日には働かない、という考え方は、538年にオルレアン会議から発生しています。人々が礼拝に参加するのを妨げないという規則が、この時に定められました。
“安息日を日曜日とした”のではありません。それ以前、日曜日は普通の労働の日であり、また礼拝の日でもあったのです。クリスチャンが日曜日の労働を完全に禁止したことは、主の昇天から900年後に初めて記録されました。
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