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遺体のための香油と香料の品質、墓のタイプ、骨つぼのデザイン、亜麻布の品質、木製の台の品質、泣き人の数、楽手の数は、葬儀の費用に左右されました。確かに、太古の昔からも、葬式に掛かる経費はその一家にとって大きな負担でした。
喪に服することを意味する黒い衣服を着ることは、非ユダヤ人がすることとして、ユダヤ人の習慣にはありませんでした。歴史的に、喪のための衣装として、ユダヤ人は常に白い装束をまといました。また初期のクリスチャンも、7〜8世紀までは、故人が死を通して永遠に主の傍にいられる喜びを表すために、白い衣を着ました。しかし、教会が生き生きとした信仰と、死に対する理解を失うにつれ、主にある喜びと希望を失い、異教徒の習わしをまねて、喪のために黒を着用するようになりました。
◆涙つぼ
嘆きは、愛する人を失ったときだけではなく、人生に悲しみが訪れたときに伴うものです。
イエスの時代、ユダヤ人は、「涙つぼ」と呼ばれる小さなつぼに、自分の涙をためる、という特殊な習慣がありました。涙型をしたこのつぼは、口が朝顔のように開いていて、人が泣くときにこの口を目の下に持ってきて、涙をキャッチするようになっていました。つぼには栓がされ、貯蔵されました。
もともと喪では白い服を着用した→
第二神殿時代の発掘物からは、さまざまな種類の涙つぼが発見されています。当時の風習で、19〜20世紀に奨励されていたような“悲しみの涙をこらえ、歯を食いしばって耐える”ようなことはなく、公然と泣いて、このために作られたつぼに、悲しみの涙を貯めていました。公の場でも私的な場でも、涙を流すことで悲しみを緩和しました。
今日、科学者が発見したことによれば、悲しみのために深く涙することによって、体の毒素が体内から流れ出るそうです。この場合の涙とは、通常、眼球が乾かないように湿気をもたらしている涙とは、成分が違うのです。ですから泣くことは(体に)良いことなのです。愛する人が亡くなった後、深い嘆きのために涙することに時間を費やすと、徐々に気分が回復してきます。涙を流さない人は、内にこめた痛みを解放することができず、それゆえに心身を蝕んでいくのです。
ですから、悲しみと涙の因果関係に対する古代の人々の理解は、正しいものでした――それがなぜであるかは、分からなかったとしても。
涙を流す、ということは、葬儀の場で嘆くために雇われた“泣き人”たちにとって非常に重要な場面でした(エレミヤ9:17-22、アモス5:16)。ミシュナー(口伝律法が成文化された教典。紀元2世紀に成立)の時代になると、ラビ・ユダは「例えイスラエルで最も貧しい者であっても、葬送曲を演奏するために最低二人の笛吹き、一人の泣き女を雇わなければならない」という決まりをつくりました(ケト4:4)。
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