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◆聖書の中の“喪”
家族、一族、部族、あるいはその集落の安全を支えるのは、そこに属する人々でした。今日、生きることは大変なように思いますが、聖書時代、こうした不安定さは比べようもなく厳しいものでした。それゆえ、父や母、近しい親類、また子どもが亡くなることは、人々にとって単なる感情的な喪失だけでなく、その集団にとって、容易に調整できない問題が生じる可能性のあることを意味しました。
夫よりも長生きした女性は、厳しい苦境に立たされました。彼女は夫の財産を相続することができませんでした。しかし、夫の身内の誰かが彼女と再婚するなら、彼女は夫の家にとどまることができました(申命25:5-6、ルツ3:12)。それ以上に、やもめは経済的な支援を受けることができませんでした。それゆえ聖書では、やもめを守り、大切にすることを義務付けています(申命10:18、14:29、24:17-21)。預言者マラキによると、やもめを圧迫した人物には、“魔術を行う者、姦淫を行う者、不正直な雇い主”が受けるものと同等の罰が待っているとされています(マラキ3:5)。
初期の教会では、やもめを世話するための特別な献金項目がありました(使徒6:1)。また、やもめ、孤児を大切にするよう教えられていました(
I テモテ5:3-4、8-11)。ヤコブは彼らを世話することこそ、真の信仰であると説きました(ヤコブ1:27)。
ルカ伝7章11節から17節に記されている奇跡の中で、イエスは、ひとりのやもめが、たった一人の息子を亡くして嘆き悲しんでいるのに出会いました。こう書かれています。「主はその母親を見てかわいそうに思い、『泣かなくてもよい。』と言われた。そして近寄って棺に手をかけられると、かついでいた人たちが立ち止まったので、『青年よ。あなたに言う、起きなさい。』と言われた。」(13:14節)。おそらく彼女にとって、息子はたった一つの生きがいであり、社会福祉の保障と同じでした。その彼女の希望である息子を、イエスはお返しになったのです。
イスラエルでは、誰かが亡くなったという知らせは、広く伝えられていました。重要な人物が亡くなった(
II サムエル3:31)、ある個人に大きな災いが起こった(
II サムエル12:15-16)、または会衆全体、悪い知らせが来たとき(民数14:1-6)、そのニュースは大声で伝えられ、人は服を引き裂いて嘆きを表し(創世37:29-34、
II サムエル1:11、3:31)、自分が喪に入ったことを近所の人々に知らせました。
喪の期間は通常7日間とされました(創世50:10)。喪の期間中、人々は食事や飲み物を携え、喪に服する家人を慰めにやって来ました(
II サムエル3:35)。ユダヤ人は葬式の時に食される食事の規定を守りましたが、後にクリスチャンもそれを行いました。(今日ユダヤ人たちはいまだに“シヴァ”―ヘブライ語で“7”の数字を意味する―と呼ばれる1週間の喪の期間を守る。遺族は友人たちと共に泣いたり、笑ったりしながら時を過ごし、故人について思い出を語り合う。これは、愛する者の死を敬う行為であり、彼ら自身の魂が癒されるための期間である)。
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