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言い換えれば、町にあるものすべてが罠だったのです。放蕩息子の行動は、現代の若者が都会へ逃げ出すのと変わりありません。ポリスは、聖書に従って生きる人々をおびき寄せ、誘惑する、ありとあらゆる罪深い物事で満ちた場所でした。
◆次男――放蕩息子
この次男坊は、ただ単に外の世界を見たくてうずうずしている若者ではありませんでした。彼は反逆児であり、無分別でした。彼は、財産の一部を分けてもらいたいと父親に要求しました(ルカ15:12)。父親は彼の要求通りに行いました。この一家は使用人と畑を持っていたことから、地域でも名の知られた、裕福な一族であったことが分かります。若者は自分の家族だけでなく、地域社会全体を困らせることになりました。他の父親たちは、自分の息子も同じことを言い出すのでは、とはらはらさせられたからです。ルカ伝には、この若者が財産を分与されてすぐに旅立った、とは書かれていません。おそらく彼の要求によって、家族や地域社会との関係に軋轢が生じたのでしょう。それが煩わしくて息子は故郷から出て行ったものと考えられます。
故郷を出て“遠い国”にやって来た若者は身を持ち崩し、財産を浪費してしまいます。当時のポリスの現状を考えると、彼が豚小屋で生活するにまで堕落するのも納得できます。汚れた家畜である豚との生活、しかもその餌まで食べる――ユダヤ人にとってこれほど最悪な屈辱的結末はありません。
幸い、若者は正気に返り、父の下で働いている使用人でさえ、今の自分よりはるかによい生活をしていることを思い出しました。彼はプライドを金繰り捨て、家に戻る決心をしました。そして、父親、家族、社会に戻る前に、まず罪の赦しを請わなければならないことに気が付きました。
若者は家に戻る途中、父への詫びの言葉を考えました。「……父のところに行って、こう言おう。『おとうさん。私は天に対して罪を犯し、またあなたの前に罪を犯しました。もう私は、あなたの子と呼ばれる資格はありません。雇い人のひとりにしてください。』」(ルカ15:18-19)。ここには[1]神に反抗したこと、[2]父に反抗したこと、[3]その罪のゆえに息子としての立場に戻らないこと、[4]代わりに召使として家に迎えてもらうというポイントがまとめられています。
父は、家からまだずっと離れた場所にいる、憔悴し切った息子を見つけ出しました。息子の身を案じて悲しんでいた父は、彼の姿を見て駆け寄りました。彼は父親に悔い改めの言葉を語りながら、思いがけない父の反応に、どれほど驚いたことでしょう。
◆父親
この父親こそ、愛に満ちた天の父なる神そのものを表す存在です。
父親の心は、息子が家に戻ってくる姿を見て、あわれみでいっぱいになりました。彼は息子に走り寄り、抱きしめ、口づけし、生きて帰ってきたことを喜びました。父親は、まだ息子が悔い改めを告白している最中に召使を呼びつけ、四つのことを命じました。それは、一番上等の上着を持ってくること、息子の指に指輪を付けさせること、足にサンダルを履かせること、そして太った子牛をほふることでした。 |