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人間は、努力して清くなることはできません。メシアなる主によって新しく造り変えられることで、父なる神と和解し、聖霊のお力によって、世俗的なもの、汚れたものが、聖なるものへと変えられます。私たちがなすすべての行いは、神の目的のために尊いものとされます。みことばの光の中を歩むとき、地上にあっても、主にある命に満ちあふれた人生が始まります。聖書のみことばの中で明らかにされている、神の御心に従って、人生のすべての局面において高みを目指すとき、清めが私たちのうちに始まります。私たちはそうすることで、神の義の中で光輝くことができ、幕屋を覆っていた純白の亜麻布のカーテンのように、御名に栄光を帰すため、私たちの内に神の臨在を現すことができるのです。
→画家によって描かれた、幕屋の断面図
ヘブル書1章3節、そして8節には次のようにあります。「御子は神の栄光の輝き、また神の本質の完全な現われであり、その力あるみことばによって万物を保っておられます。……神よ。あなたの御座は世々限りなく、あなたの御国の杖こそ、まっすぐな杖です。」 生ける神のみことばであり、生きた律法の書である主イエスによって救われた私たちは、何と祝福された者たちでしょうか。この方によって、私たちは聖霊に包まれ、生き続けることができるのですから。
◆より糸
幕屋について、さらに神がより深い啓示を示してくださることを待っていました。この時、私は幕屋を構成するもう一つのカーテンに関心をもちました。このカーテンというのは、実際に幕屋自体を覆っている10枚の布でした。中でも特に、このカーテンの2組(5枚1組)を一つに留めるために用いられた、青色(ヘブライ語で“トゥ・シェイレット”)の輪留めに注目しました。
この「トゥ・シェイレット」とは聖書的な意味をもつ青色で、神殿で仕える祭司が着用する祈祷用のショールの縁に付いている「ツィツィヨット」と呼ばれる飾り紐も、この色に染められていました。また、イスラエルの民が荒野に寄留する間、宿営を移動する際はいつでも、幕屋内の家具はすべて、トゥ・シェイレット色の布に覆われました。緋色のより糸(この緋色は、血の中にある命を象徴している)と共に、この輝きに満ちた青のより糸は、聖書時代にわたってイスラエルで作られ続けました。トゥ・シェイレットの青は、神の恵みに満ちた義を表しています。地上のすべての被造物を覆う青い空、そして青い海のように、神の義は、エデンの園を源流として歴史を通して流れる一本の川である、みことばの流れの青さに表されています。この川は、神の子であるメシア、イエス・キリスト、「義なる主」であるお方によって、私たちの上にも流れるようになりました。この流れこそ、黙示録に出てくる“いのちの川”そのものです。「御使いはまた、私に水晶のように光るいのちの水の川を見せた。それは神と小羊との御座から出て、都の大通りの中央を流れていた。川の両岸には、いのちの木があって、十二種の実がなり、毎月、実ができた。また、その木の葉は諸国の民をいやした。」(黙示22:1-2)
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