エルサレムを巡り、やがて闘争が起こるでしょうが、その戦いの源は霊的なものです。神はシオンにその御座を再確立するために働いておられます。神の敵はそれを好みません。しかし最終的に神が圧勝され、諸国民はエルサレムで唯一の神を礼拝するでしょう。
信仰をもった異邦人が従うべき律法を確立するために、エルサレム会議が招集されました(使徒15章)。そのとき、ヤコブはアモス書9章11-12節を引用しました。そこには、メシアが来られたときに、ユダヤ人と異邦人が共に神の御名を賛美し、エルサレムが回復することが記されています。「この後、わたしは帰って来て、倒れたダビデの幕屋を建て直す。すなわち、廃墟と化した幕屋を建て直し、それを元どおりにする。それは、残った人々、すなわち、わたしの名で呼ばれる異邦人がみな、主を求めるようになるためである。」(使徒15:16-17)
ゼカリヤは、「主の足は、エルサレムの東に面するオリーブ山の上に立つ」のを見ました(ゼカリヤ14:4)。諸国民(異邦人)は、エルサレムで神を礼拝する民の中に加わるでしょう。16節に次のように記されています。「エルサレムに攻めて来たすべての民のうち、生き残った者はみな、毎年、万軍の主である王を礼拝し、仮庵の祭りを祝うために上って来る。」この聖なる町エルサレムにおいて、すべての民が礼拝を捧げるという栄光ある日に向かって、歴史は動いています。その時エルサレムに神の平和と臨在があふれ、唯一の神だけがその宮で礼拝されるでしょう。
◆第11の鍵
神は諸国民を裁くために、イスラエルを世界の焦点とする
ゼカリヤは、終わりの日にエルサレムが非常に重要な場所となることについて明確に語っています。「見よ。わたしはエルサレムを、その回りのすべての国々の民をよろめかす杯とする。ユダについてもそうなる。エルサレムの包囲されるときに。その日、わたしはエルサレムを、すべての国々の民にとって重い石とする。すべてそれをかつぐ者は、ひどく傷を受ける。地のすべての国々は、それに向かって集まって来よう。その日、わたしは、エルサレムに攻めて来るすべての国々を捜して滅ぼそう。」(ゼカリヤ12:2-3、9)
“その日”、神はエルサレムを「世の国々を裁く基準」として用いるとおっしゃっています。ちょうど、神がご自身の栄光を諸国民に示すため、イスラエルの地と民を用いられたようにです。イスラエルに対する態度によって、神は各国の動向を試されます。この意味で、エルサレムは神のリトマス試験紙と言えるでしょう。「あなたは、私が間もなくやって来る準備をしていることが分かりますか。また、この地に対するあがないの計画を理解し、エルサレムを回復するというわたしの意志を支持しますか。それとも、それに抵抗して戦いますか。」と、主は国々に問われています。神のご意志に対抗して戦う国々には、御怒りをもって破滅の裁きが下されます。
今、ここに一つの質問があります。「メシア来臨に向けて準備するため、神がイスラエルを回復しつつあります。ユダヤ人のメシアは、分割されたイスラム教徒の町に来られるでしょうか。それとも、神への礼拝が行われている、ユダヤ人の町に来られるでしょうか。」 エルサレムをもう一度分割しようと求める諸国家は、イスラエルとユダヤ人に対抗して立ち上がるでしょう。
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