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そのほか、少なくとも一度、あるパリサイ人がイエスに、「命が狙われている」
と警告していますし (ルカ13:31)、他の場面でも、丁重な態度を取ったパリサイ人がいたことがわかります
(ルカ7::36、11:37、14:1、タルムードMoseley111)。そして、後に使徒パウロとして知られ、新約聖書で最も多くの書簡を書いたタルソ出身のサウルもまた、パリサイ人でした
(使徒23:6)。
■イエスとパリサイ人
◆共通点
イエスの教えは、当時存在したユダヤ教の中でも、パリサイ人の教え、特に有名なラビ
(ユダヤ教の教師)、ヒレルの教えに最も近いものでした。 パリサイ派の内部では、「ラビ・ヒレル門下」
と 「ラビ・シャマイ門下」 との間で、意見の相違による争いが絶えませんでした。非常に保守的で厳格なラビ・シャマイに対して、ラビ・ヒレルは大変寛容で、あわれみに基づいて律法を解釈しました。ヒレルはイエスよりもおよそ30歳年上でした。彼は律法を要約し、「自分にしてもらいたくないことは、他人にもしない。これが律法であり、後の残りは注釈である」
と述べました。これはイエスの黄金律として知られる、あの有名な 「何事でも、自分にしてもらいたいことは、ほかの人にもそのようにしなさい。これが律法であり預言者です。」
(マタイ7:12) に非常に近い言葉です。
■相違点
◆相違点その1―相対する言葉と行い
ある面で、パリサイ派の教義はイエスの教えに非常に近く、そのほとんどがキリスト教精神と矛盾していません。それでは、イエスがパリサイ派に投げ掛けている痛烈な言葉は、どう解釈すればよいのでしょう。主は彼らの偽善と、そのもったいぶった姿勢を責めておられます。そして、「おまえたち蛇ども、まむしのすえども。おまえたちは、ゲヘナの刑罰をどうしてのがれることができよう。」
(マタイ23:33) という激しい怒りの叫びで締めくくられる、七つの嘆きの言葉を浴びせています。
実は、このイエスの
「嘆き」 は、パリサイ派の教えそのものではなく、パリサイ人の行いを指していました。イエスは彼らの行いについて、「彼らのしていることはみな、人に見せるためです。経札の幅を広くしたり、衣の房を長くしたりするのもそうです。また、宴会の上座や会堂の上席が大好きで、広場であいさつされたり、人から先生と呼ばれたりすることが好きです。」
(マタイ23:5-7) と指摘しています。経札 (聖句箱) とは、ユダヤ人の成人男性が額と腕に着用した小箱で、中にみことばが入っています。出エジプト記13章9、16節と、民数記15章37節から41節によれば、神ご自身が、これらの聖句箱の着用や、衣の四隅に房を付けることを、命じておられます。しかし、彼らの中には、これらの宗教的象徴を、自分の立派さを人に示すために着用する者がいたのです。ミシュナー
(口伝律法を編さんしたユダヤ教の教典) には、「ある者たちは、仰々しく大きな房を着け、地面に引きずって歩くほどだった」
と記されています。
◆相違点その2―口伝律法への傾倒
イエスがパリサイ人を批判する場合、それは
『記述律法 (聖書)』 についてではなく、パリサイ派が聖書と同等に扱っている
『口伝律法 (伝承)』 についてでした。イエスはパリサイ人に対して、聖書以上に口伝律法を重んじていることを指摘しました
(マタイ23:16、22、23)。「あなたがたは、自分たちの言い伝えを守るために、よくも神の戒めをないがしろにしたものです。」
(マルコ7:9、マタイ15:3)。これら 「ユダヤ教の言い伝え」 は、神のみことばと置き換えられ、時には聖書本来の意味からかけ離れてしまうこともありました。
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