サドカイ派が民衆とは疎遠な貴族階級で占められていたのに対し、主に中産階級で構成されていたパリサイ派は、イスラエルの大衆に人気がありました。また神殿で行われる祭儀での務めを果たすことや、政治指導者の好意を集めることに終始していたサドカイ派と比べ、パリサイ派は日常生活の中でいかに律法を尊守すべきか、人々を教え導くことに焦点を当てていました。
◆その他のグループ
イエスの時代、イスラエル社会に強い影響力をもっていた主なグループは、パリサイ派、サドカイ派、ヘロデ党、熱心党、エッセネ派、そして征服者であるローマから遣わされた人々でした。最初に挙げた二派については、後で詳しく学ぶことにして、まずはその他のグループについてざっと見ていきましょう。
ヘロデ党は、ヘロデ王とローマ寄りの立場を支持する、ローマに同化したユダヤ人のグループで、宗教よりも政治に熱心な人々でした。
熱心党は、ローマの圧政からイスラエルを解放することを目指す武装組織で、神以外のいかなる政府や権力にも、屈しない人々でした。後に、ローマに対して反乱を起こした時には、熱心党は、ローマの側に付いた他のユダヤ人と戦いました。彼らはそれほどまでにローマを嫌悪していたのです。
エッセネ派は非常に排他的なグループで、外界から隔絶されたコミュニティーを作って生活していました。彼らは、20世紀に死海沿岸北部のクムラン洞窟で発見された死海写本の作者として良く知られています。一部の聖書学者は、バプテスマのヨハネはこのグループの出身か、少なくとも大きな影響を受けていたと考えています。
最後に挙げたグループ、ローマ人は、よそ者の征服者たちで、全くの異教徒でした。彼らはユダヤ人の宗教心、愛国心を抑圧し、帝国への忠誠を捧げるよう干渉し続けました。
◆口伝律法の誤り
パリサイ派のもつ特徴を挙げよ、といわれるなら、まず彼らの律法に対する熱心さに目が行きがちです。しかし、新約時代には、そのくらいの熱心さはどの宗派にとっても普通でした。むしろ彼らの特徴として第一に挙げられるべきは、聖書と同様に『口伝律法』を重んじた点です。
口伝律法とは、その名のとおり、世代から世代へ、口で伝承されてきた掟です。この律法はバビロン捕囚の間に起こり、何世紀もかけて作り上げられてきました。これは人々が神の御前で、いかに律法を守って正しく生活すべきかを教える、暗誦する形の注解でした。にもかかわらず、パリサイ派は口伝律法が神からモーセに伝えられ、先祖代々受け継がれてきたもので、聖書の律法そのものに匹敵し、同等の権威と重要性をもつものだと誤って教えていたのです。(参照/マタイ15:2-3、マルコ7:8-13、ガラテヤ1:14)
パリサイ人は、記述・口伝律法両方について、文字どおり従うようにと、厳しく人々を戒めました。彼らは品行方正で熱心で、自己否定的でしたが、一方で偽善的でもありました(ルカ18:9)。そして非常に独善的過ぎるため、自分自身の不完全さや罪の意識に欠けていました。(ルカ7:39)
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