◆献堂、そして光
ハヌカーの史実は、旧約聖書の中でもさまざまな形で言及されています。
最初に出てくるのは、家の棟上や落成、祭壇、幕屋、神殿などの献堂についての記述です。また、民数記7章でも数回使われています。この聖書箇所は、この祭りの期間、シナゴーグでの礼拝中に朗読されます。これは、モーセとイスラエルのリーダーたちが幕屋の建物と家具に油を注いで清めるという内容です。また、ソロモンが神殿を献堂する記述のある第2歴代誌7章9節においても、エズラによる神殿の再献堂とネヘミヤによるエルサレムの城壁の再建においても、ハヌカーという言葉は使われています。
ハヌカーの動詞形「ハナー」には、「狭める、絞る」「訓練する」「教授する」という意味があります。箴言22章6節には、この言葉が用いられています。「若者をその行く道にふさわしく教育せよ。そうすれば、年老いても、それから離れない。」
これらの聖書箇所から学ぶ第1のレッスンは、神を信じる人間の身体は「聖霊の宮」であり、神が備えられた道に従って歩むための教育と訓練を受けるため、自らを整えなければならないということです。
第2のレッスンは、「光」についてです。一部のクリスチャンは、ハヌカーはユダヤ人にとっては、クリスマスの代わりのようなものだと考えています。しかし、クリスマスとハヌカーの間には、歴史的に何の関連もありません。しかし、「光」というテーマにおいて、両者の間にはかかわりがあります。
ハヌカーは、イスラエルとユダヤ人に悪しき生き方を押し付け、神を憎んだ異教徒によってつくり上げられた邪悪な世の暗闇を、追い払ったことを記念しています。この暗闇が取り去られたことは、神の奇跡によって8日間燃え続けた、メノラーの小さなともしびに象徴されています。この奇跡によって、当時のユダヤ人は、マカベア一族が始めた清めの仕事が完了したことを確認し、励ましを受けました。
クリスマスは、ハヌカーの165年後に起こった出来事を祝うものです。神は、世界全体を重苦しく包んでいた暗闇を追い払う光として、御子を遣わされました。「初めに、ことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった。……この方にいのちがあった。このいのちは人の光であった。光はやみの中に輝いている。やみはこれに打ち勝たなかった。(ヨハネ1:1、4-5)
聖書では、「善と悪」を表現するために「光と闇」という言葉が用いられています。聖書においては、物理的にも霊的にも、この光と闇との間に戦線が存在します。神に対する信仰と行いを弱らせようと働く世の力に対し、しっかりと立って対抗するため、マカベア家の人々がもっていたような霊的な洞察と勇気を、私たちも備える必要があります。神に忠実であるかぎり、世の暗闇を払いのけるために、神は私たちをとおして光を放たれることでしょう。
エルサレムよりシャロ-ム |