アンティオカスは、イスラエルの神の祭壇の真上に偶像を据え、そこで豚をほふって捧げた。……また、ユダヤ人に対し、彼らの神に対する信仰を捨てさせ、アンティオカス自身が神と認めている神々を崇めるよう強制した。さらに、すべての町や村に偶像の神々の神殿を建て、毎日豚を捧げるように命じた。父親が息子に割礼を施すことを禁止し、掟に背いた者は誰でも罰すると脅かした。そして、これらの命令を民が守るよう推し進めるため、監督官を任命し、派遣した。
多くのユダヤ人がかれの掟に従った。ある者は自由意思で、ある者は罰を受けることを恐れて。しかし、最も正しい人々、最も高貴な魂をもつ人々は、王の命令に従うことなく、違反した場合に受ける罰を恐れることよりも、祖国の慣習を守ることを重視した。
このため、彼らは毎日大変なみじめさと苦痛の中を通らされた。ある者は鞭打ちの刑を受け、また身体を八つ裂きにされた。ある者はまだ息のあるうちに十字架刑にかけられた。男たちは自分の妻や、また自らが割礼を施した息子たちを締め殺すよう強いられた。王は、まだ十字架にかけられたままの子どもたちの首に、縄を結んで縛り首にするよう、父親に命じた。
ユダヤ人の聖典である律法の書は、見つかり次第破棄された。これの所有者たちもまた、惨めな死に方をした。しかし、ユダヤ社会の人々は、迫害によって沈黙するどころか、逆にさまざまな違いを超えて一つとなっていった。信仰のために命を失うことはより崇高な行為であると、人々は鼓舞されたのである。
◆神に忠実なユダヤ人たちの戦い
この時代、イスラエルは物理的にも霊的にも、極度の暗黒の中にありました。
アンティオカスは、配下のギリシヤ系シリア人の兵士をユダヤ全土に派遣し、町や村に偶像の神々を祭る祭壇を作らせ、その場所で豚をいけにえとして捧げるなど、数々の宗教儀式を普及させました。これはユダヤ教の信仰にとっては大変な屈辱であり、ユダヤ人にとって、忌まわしさ極まりないものでした。
この段階に入り、やっと変化の兆しが見え始めました。兵士が、現在のベングリオン国際空港の近くに位置する村、モディームに入ったときのことです。ここの村人は、アンティオカスの命令に従おうとしませんでした。彼らの中には、ハスモン家の人々――マタティアス(マタイ)と彼の5人の息子、ヨハナン(ヨハネ)、シモン、ユダ、エレアザル、そしてヨナタンがいました。マタティアスは豚をほふることを拒絶し、こう言いました。「われわれを本来の信仰から遠ざけようとするような王の命令には、従うことはできない。」
その時、マタティアスに代わって、もう一人の村人が豚をほふって儀式を取り行うことを申し出ました。義憤に駆られたマタティアスは刀を抜き、この村人を祭壇の前で殺しました。そして、彼と5人の息子たちは、今度はシリア人の指揮官と兵士に向かい、彼らを皆殺したのです。マタティアスはこう叫びました。「神の側に立つものは誰でも私に続け!!」彼と息子たち、彼らにくみする者たちは山地へと逃亡し、ゲリラ戦法でシリア軍と戦いました。
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