これらの反ユダヤ主義的教えの結果は、全教会史を通じ、今に至るまでその波紋を投げかけています。「ユダヤ教儀式に使うために、クリスチャンを殺した」という流言、十字軍、ユダヤ人排斥を目的とした目印着用の強制、宗教裁判、ユダヤ人共同体の強制立ち退きや、一般社会からの隔離(ゲットー)、シナゴーグやユダヤ経典類の破壊、肉体的虐待や死刑、ポグロム(帝政ロシアのユダヤ人迫害)……。ついには、この破壊の種が「クリスチャン国」であるはずのヨーロッパで桁外れに成長し、ホロコーストヘと結びついていったのです。
もし教会が初めから、自分たちは栽培種のオリーブの木=イスラエルに接がれた存在であるとう、明白なメッセージを理解していれば、反ユダヤ主義という悲しい憎しみの伝統を作り上げることは避けられたかもしれません。置換神学は、ユダヤ人とイスラエルに関する神のみことばに教会を背かせただけでなく、ユダヤ人に対して、キリストにある愛ではなく、憎しみを示すようにさせてしまったのです。
次回、パート2では、この問題をさらに掘り下げ、「新約聖書は反ユダヤ的なのか」「新約聖書に登場するユダヤ人、イスラエルとはだれを指しているのか」「教会の役割とは」などについて学んでいきます。
ではまた来月!
エルサレムよりシャロ-ム |