このような、極端かつ威圧的な教えの下で、伝来の習慣を大切にしたいと願うユダヤ人クリスチャンや、「キリスト教の親」とも言えるユダヤ教をもっと知りたいと願う異邦人クリスチャンは、非常な困難に直面しました。さらにクリソストムは、キリスト教とユダヤ教の完全な分離を求めました。第4番目の説教で、彼はこう書いています。「私は、クリスチャンだと言いながら、ユダヤ教の儀式を守るのに熱心な輩に反対し、口をすっぱくして語ってきた。……私が宣戦布告を欲するのは、ユダヤ人に対してなのである。……ユダヤ人は神に見捨てられ、そのキリスト殺しの罪のために、いかなる贖罪の道からも絶たれているのである。」
クリソストムは、富や娯楽、特権や派手に着飾ることなども含め、脅威と感じるものを激しく攻撃する、力強い説教で有名でした。しかし、ユダヤ人を攻撃した彼の説教は、弁解の余地がないほど、露骨な反ユダヤ主義で満ちていました。キリスト教の反ユダヤ主義に、クリソストムが行った一つの不幸な貢献は、全ユダヤ人に「キリスト殺し」の罪を着せたことです。
◆ユダヤ人の位置付け
5世紀の教会では、「もしもユダヤ人とユダヤ教が神に呪われた存在なら、彼らが存在し続けている理由はどう説明するのか」という疑問が熱く論議されました。
かのアウグスティヌスが、著書『ユダヤ人に反対する説教』でこの問いに取り組みました。彼は、例えユダヤ人が、キリスト殺しの罪のゆえに、最も厳しい刑罰に値するとしても、旧約聖書を守り伝え、キリスト教の真実性を証明するために、神の摂理によって生かされ続けていると解きました。さらに、ユダヤ人が存在するのは、その低く辱められた姿をさらすことで、ユダヤ教に対する、キリスト教の勝利と真実を証明するためでもある。彼らは「証拠の民族」、卑しめられるべき奴隷や召使たちであると教えました。
教父たちの言葉に影響され、神聖ローマ帝国の代々の君主たちは、ユダヤ人を王室の奴隷として扱い、ヘブル語文献を維持するための奴隷司書としました。また、高利貸しなどの金融業に就かせて利用しました。経済成長には、金融業は欠かせません。しかし、高利貸しは、クリスチャンが得た永遠の救いを危険にさらす職業として、禁止されていました。教会は、「ユダヤ人はどうやっても天国へ行く見込みがないのだから」という理由で、彼らに金貸しをさせることを認めたのです。後の西洋諸国では、ユダヤ人は、商売の仲買人として利用されました。かくて私たちは、ユダヤ人がいかにして、銀行業や商取引の分野に生きる道を見つけたのかを知るのです。
そういうわけで、中世には、キリスト教における反ユダヤ主義の思想的温床が整えられていきました。そして、「アレクサンドリアのシリル総主教がユダヤ人を追放し、その財産をクリスチャン暴徒たちに与える」といった、出来事をとおして、ユダヤ人への迫害は具体化されていきました。社会的な視点から見れば、この時ユダヤ人の地位の悪化は、まだ始まったばかりでした。初めのうちは、聖職者たちの間でとどまっていた極度ユダヤ人嫌悪が、中世になると、中流階級へと広がっていきました。
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