置換神学者の主張その5
旧約聖書でイスラエルに対して結ばれた約束は、すべて教会に与えられ、イエス・キリストをとおして成就される。
【根拠となるみことば】―「神の約束はことごとく、この方において『しかり。』となりました。それで私たちは、この方によって『アーメン。』と言い、神に栄光を帰するのです。」(第2コリント1:20)
【説明】このみことばのとおり、イエス・キリストをとおしてすべての約束が成就される。イスラエルに対する約束も、今はキリスト教会のものである。これらの約束は、現実的に成就されるものではなく、「霊的・象徴的に成り立つ」と理解するべきである。イスラエル、エルサレム、シオン、そして神殿など、神の預言に出てくる現実的な内容も、教会をとおして霊的に成就されるのである。
【私の反論】イスラエルについて言及している新約聖書の箇所が、はっきりと教会ではなく、イスラエルを指している事実を後ほど取り上げます。ですから、旧約で神がイスラエルとユダヤ人にされた約束が、比喩的であるという解釈は間違いであり、それらの約束が、今や教会だけに有効であるというのも間違いです。これらの約束と契約は、字義どおりであり、その多くは永遠のものです。そして、私たちクリスチャンは、救いの恵みの一部として、そこに参加することが許されたのであって、排除されたイスラエルになり代わったのではありません。
新約には、イスラエルと教会との関係について、「台木に接がれた」(ローマ11::24)、「遠かった者が近い者とされた」(エペソ2:13)、「信仰によるアブラハムの子孫」(ローマ4:16)、そして、「異邦人は霊的なことでは、その人々からもらいものをした」(ローマ15:27)と書かれています。これらの箇所には、「アブラハム契約の相続人である肉のイスラエルから、霊のイスラエルに置き換えられた」とは書かれていません。異邦人クリスチャンは、神がイスラエルに与えられた約束の中に加えられたのであって、神はイスラエルに対するご自分の約束を破棄してはおられません。(ローマ11:29)
■初代教父たちの影響
ここで、「教会はユダヤ人に置き換わった」という、明らかに新約の教えに反した概念を教会に定着させた、4世紀の教会史をざっと見てみましょう。
◆ユダヤ教からの分離
紀元1世紀の教会は、ユダヤ人とのつながりをよく保っており、それは主イエスの意図と完全に一致していました。何といってもイエスご自身ユダヤ人とてお生まれになり、その教えもヘブライ聖書(旧約)に基づいていました。マタイ伝5章17節から18節で、主はこうおっしゃいました。「わたしが来たのは律法や預言者を廃棄するためだと思ってはなりません。廃棄するためにではなく、成就するために来たのです。まことに、あなたがたに告げます。天地が滅びうせない限り、律法の中の一点一画でも決してすたれることはありません。全部が成就されます。」紀元66年に起こった『第1次ユダヤ戦争』以前、キリスト教は基本的に、パリサイ派、サドカイ派、エッセネ派などと並ぶ、ユダヤ教の一派とされていました。 |