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←死海のほとりに立つ塩の柱

◆20. 古代でもドル箱だった死海
 古代、人々は死海を塩の海と呼びました。(創世14:3,申命3:17、民数34:3)ローマ時代には、ラテン名で「ラクス・アスファルティティス」(アスファルト湖)と呼ばれていましたが、それは湖底から、石油を豊富に含んだアスファルトや瀝青の大きな固まりが、湖面に浮き上がってくるからでした。それらは燃料として収穫され、周囲の国々へ輸出されました。

シッディムの谷とも呼ばれた死海の谷は、アブラハムの昔から、燃料を産するところとして知られ、創世記にも登場しています。「シディムの谷には多くの瀝青の穴が散在していた。」(創世14:10)

 ローマの歴史家ヨセフス・フラヴィウス(紀元37:93)は、死海について、次のように記しています。「その多くの場所から、大きさと形が、頭のない牡牛のように見える瀝青の黒い固まりを浮かべ、それらが水面を漂っている。専属の労働者たちが、息をそろえてそれらをつかみ、彼らの船に引き上げる……瀝青は船の修理に用いられるだけでなく、人間の体の薬としても用いられ、用途に従って、多くの薬に混ぜられる。」

 今日においても、死海南端域の地面からは石油が染み出し、クリスチャンが経営するテキサスの石油調査会社が、採掘権を所有しています。

◆21. どうして塩辛いの? −理由その1−
 死海の水が塩辛いのは、高い水分蒸発率のためです。周り一帯から流れ込んでくる何トンもの水が塩分を運んできます。砂漠の真ん中にあるため、湖面は1年あたりおよそ1.5メートルという著しい高さで蒸発し、後には凝縮された塩分が残ります。ヨルダン川の水が農業用水として、死海へと注ぐ前にあちこちで使われているため、1960年以降、死海の湖面の高さ約10メー下ルも下がってしまいました。1870年代、英国探検家協会のメンバーが死海を訪れたとき、エイン・フレシュカ近くの崖に、ボートから水位の印をつけました。今日その印は、イスラエル側の死海湖岸を南北に走る現代の道路から14メートルも上に見ることができます。

◆22. どうして塩辛いの? −理由その2−
 死海が塩辛いのは、水を受け取るだけで、砂漠の気候で蒸発する以外、水の出口がないからです。ガリラヤ湖が甘いのは、水が流れ込んでまた出て行くからです。

 ですから、こういう風に言われています。ガリラヤ湖が甘いのは受け、そして与えるから。死海が辛いのは受けるだけで決して与えないから。死海には富がたくさん詰まっているかもしれないけれど、そこには宿る命がない。

 貴重な霊的教訓ではありませんか?

 
 
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