◆主とともに挑戦
主はこれまで長いあいだ、イスラエルをお心にかけてこられました。私たちにとっても、主のご計画どおりに歩む道には試練が待ち受けています。私たちは、果たしてそれに耐えられるでしょうか。
ダビデは神の御心にかなった人でした。主は彼に、敵との戦いに対する勝利を約束されました。しかし勝つためには、戦場に出て戦わなければなりません。主は必要なことを経験によって学ばせてくださいますから、戦いに出て行かない者であってはいけません。主が語られた言葉を覚えていますか。「しもべはその主人にまさるものではない、とわたしがあなたがたに言ったことばを覚えておきなさい。もし人々がわたしを迫害したなら、あなたがたをも迫害します」(ヨハネ15:20)
確かに、苦難と悲しみがたくさんありますが、勇敢でありましょう。主の近くに根ざして用いられることにより、最終的には勝利が約束されます。主はエステルになさったように、私たちも救ってくださいます。まずみことばを蓄え、主を知り、真剣に主の御心を求めましょう。そうするとき、主の光の中を歩き、敵と対戦しても勝利を得ることができます。
主が私たちに成そうとしておられることに、無関心な人が大勢います。世の人々はむなしい目的を持ち、意味のない物を求め、ぜいたくで楽な生活を得ようとしています。それは貪欲と肉欲の罪を犯すものであり、“自分にメリットがあるかないか”で判断する自己中心的な生き方をもたらします。クリスチャンであっても、たやすくこのような生き方に染まることがあります。世のメディアや広告は、自己中心の生き方をしがちな人間の痛い所を突いて、魅力的なことを言って迫ってきます。このような方法で満足感を得ると、常にむなしさがついてまわります。聖書にもあります。「幻がなければ、民はほしいままにふるまう。」(箴言29:18)
モルデカイは、「主は別の人を用いて主のご計画を果たされるが、祝福を失うだろう」とエステルに言いました。主のご計画には危険と困難が伴うからといって、私たちは主の力と栄光を知らずに辞退してもよいのでしょうか。実は、主のご計画こそ、私たちに与えられた栄光ある挑戦なのです。パウロの教えにあります。「私は、私を強くしてくださる方によって、どんなことでもできるのです。」(ピリピ4:13)
主からお声がかかるたびに「私には無理だ」と思われるかもしれませんが、主はエステルにされたように、先回りして私たちが歩きやすいように道を整えてくださいます。
◆御心に従う人生に踏み出す
主のご計画通りに、御手の中にとどまる生き方は、すべてのことに平安があります。それは人間の理解を超えた平安であり、他の生き方は私たちには考えられません。
あなたにはあなたの使命が与えられています。使命はそれぞれ人によって違うでしょうが、主を信じて一歩を踏み出してみてください。あなたをとおして主のお働きが成されるのですから、それを受け入れることができるように願っています。今日の決断は、明日の平安につながることを保証します。
ときには葛藤があります。ですから、神のすべての武具を身に着け、逆境にあっても勇気を持ち、ヤコブのように熱心に主を求めましょう。そして答えていただくまで求めましょう。
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