あなたは、このような話とプリム祭に何の関係があるのか……と思っておられることでしょう。
サウル王の不従順の後、何百年も過ぎてから、ユダヤ人の迫害者ハマンが現れました。(エステル3:1)
ハマンの激怒はモルデカイのみならず、国中のユダヤ人を皆殺しにしようというまでに高まっていました。(エステル3:6)
悪しきハマンの怒りは止まることを知りませんでした。命懸けで王の前に出たエステルの機転がなければ、彼の計画は成功していたかもしれません。しかし、彼は自分が用意した絞首台で処刑され、ユダヤ人虐殺命令は取り消されました。国中のユダヤ人は悪の企みから解放され、その記念の祭りでは群集の喜びの笑い声が響きました。もし神が彼らとともに笑っておられたとすれば、それは生意気にも神ご自身の民に立ち向かおうとした、ハマンをあざける笑いだったでしょう。
■レッスンその2
−主はユダヤ人を救われる−
◆神は策略を打ち砕かれる
大昔から、悪の勢力はあの手この手と手段を変えながらユダヤ人を襲ってきました。
エジプトのパロから始まり、アマレク人、ハマン、シリア人、ローマ人、十字軍戦士、宗教裁判(13世紀から19世紀のヨーロッパにおいて、異教の発見と異端者の処罰を行った)、ポグロム(ロシアによるユダヤ人大量虐殺)、ヒトラー。そして現代、中東のイスラム教徒が聖戦を唱えては絶え間なく押し寄せ、イスラエルを追いやろうとしています。
にもかかわらず、ユダヤ人は守られ、現在も生存しています。加害者たちは結果的に歴史から消えてしまいました。
ユダヤ人は驚くべき主の御業を体験しています。神はプリムの時のように、他の加害者からも彼らを救っておられるのです。1950年初期に、旧ソ連の首相であったスターリンは、ユダヤ人問題の最終解決策を思いつきました。死刑か、もしくは追放しようとしたのです。ユダヤ人の収容施設として、シベリアとカザフ共和国には、大勢の人々を収容できる粗末なバラック式の建物が建てられました。
一方、「プラウダ」(共産党中央機関紙)と「イズベスチャ」(政府の機関紙)のような主要機関紙には、「ユダヤ人はソ連人に対してもろもろの悪事を行っている」という記事が何カ月にもわたって掲載されました。
ユダヤ人のリーダーたちは、1953年3月、人々の筋道の通らない怒りから守ってほしいこと、シベリアヘ送って保護してほしいという内容の嘆願書を政府に提出しました。政府は人道的にどうすれば良いか迷った末、嘆願書は公表しませんでしたが、国外追放することもありませんでした。その年はユダヤ人にとって恵まれた年となりました。そして同年の3月5日、くしくもプリム祭の日、スターリンが死亡しました。その年の春の終わり、プラウダ誌が「以前から掲載してきたユダヤ反対運動は間違っていた」という新事実を発表しました。
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