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イエスの時代、イスラエルには「救世主・メシア」を待ち望む風潮が高まっていました。人々は血眼になって、自分たちをローマの支配から解放してくれる、また古き良き独立の時代を取り戻してくれる人物を求めていました。
イエスと出会った多くの人が、彼のことを「ローマを追い払い、政治的王国の樹立を告げ知らせる救世主、あるいは解放者だ」と考え期待しました。しかしイエスは一度ならず何度も、ご自分の王国は神の御国にあることをはっきりと言い表されました。天の王国は、人々が地上の肉的領域で求めていたものよりも、はるかに高く遠大なものでした。
地上での伝道活動が終わりに近づいたとき、ポンテオ・ピラトの質問に、主はこう答えておられます。「わたしの国はこの世のものではありません。」(ヨハネ18:36)。イエスはご自分が王であることは否定されませんでした。しかし、地上の権力者を脅かす、単なる政治的存在ではないことをはっきりさせたかったのです。主の王国は神のものであり、その目的は、人々の心に天の王国を打ち立て、ほかの人々にも福音を告げ知らせるためのものでした。簡単に言えば、主の伝道は地上の権力闘争とは無縁のものでした。大切なことは、人々の心の王座に誰が座るかでした。
伝道活動中、ずっとイエスは「地上の肉的なことばかりに気を取られるのではなく、より高い神の召しを捜し求めなさい」と人々に語っておられました。その教えは、「自分たちの考えこそ、神の御心を代弁するものだLと、無理やり信じさせようとする、熱心党の独善的な教えと真っ向から対立するものでした。
しかし、イエスの弟子たちも、熱心党の教えに強く影響されていたに違いありません。『スカリー=熱心党の四つの教義』を見れば、それは明らかです。

←イエスの時代に使用されていた皇帝ティベリウスの刻まれたコイン。
◆第一の教義・「納税は不必要」
納税することは、政府の正当性を証明するためのものと見なされました。熱心党員が、人を寄せ付けない、ごつごつと切り立ったアルベル山の崖やガムラを住みかに選んだ理由の一つは、収税人を避けるためでした。崖に住んでいれば、収税人もなかなかやって来ることはできません。忠実で献身的なスカリーになるためには、納税を避けなければいけませんから、大嫌いなローマ人に出くわすことがないよう山の要塞に住む必要がありました。
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